2人に拳法を見せた後、ルガルバンダ殿にギルガメッシュへの拳法の指南をお願いされた。
もっとも、ガッツリと修行をさせるのではなく、さわり程度でいいらしいけどね。
ルガルバンダ殿曰く、戦の際に王は兵を率いるが、蛮勇を振るう勇者である必要は無い。
この言葉にギルガメッシュは何度も頷いていた。
なるほど、ルガルバンダ殿はこうやって王とは何かという事を教えていっているのか。
そういう事なので、俺はギルガメッシュに拳法をさわり程度に教えた。
教えたのは素手ではなく、武器の扱い方だ。
武器の扱いの基本は3つだけである。
『突く』、『叩く』、『払う』、これだけだ。
そうギルガメッシュに教えると、「なるほど、理にかなってますね」と理解していた。
ギルガメッシュはほんとにお子様なのか?
賢過ぎると思うんだけど?
そして、この3つを剣と槍を使って教えていって1ヶ月程経つと、
ギルガメッシュは大人の兵士との手合わせで勝利をした。
勝利の要因をギルガメッシュに聞いてみると…。
「経験の無い僕では兵の動きは読めないので、兵の動きを誘導してみました。」との事。
いや、その理屈はおかしい。
俺も50年近く蛟退治や邪仙討伐をやって来たけど、
その領域に達するまで実戦を経験してから10年は掛かった。
俺はギルガメッシュは紛れもない天才だとハッキリ認識した。
ギルガメッシュがルガルバンダ殿が求める必要最低限の戦士としての力を手にしたので、
俺は1ヶ月毎に中華とウルクを往き来する様にして、ギルガメッシュと親交を深めていった。
そんな日々の中で、ギルガメッシュの才は戦い以外でも発揮された。
ルガルバンダ殿が千年かけて得た知識や経験を、ギルガメッシュは僅か数年で吸収していったのだ。
この結果に俺とルガルバンダ殿は、顔を見合わせて苦笑いした。
そして俺とギルガメッシュが出会ってから10年の月日が経った頃、ギルガメッシュが
ウルクの神により王に任命される日がやって来たのだった。
◆
ウルクの神による王の任命が終わると、俺とルガルバンダ殿はささやかな酒宴を開いた。
「千年もの時を越えての統治ご苦労様でした、ルガルバンダ殿。」
「我も千年もの時を王として生きる事になるとは思わなかったよ、ゼン殿。」
俺とルガルバンダ殿は杯を打ち合わせると、中の神酒を飲み干す。
「ふぅ…。いつもながら、ゼン殿が用意する酒は美味いな。」
そう言うとルガルバンダ殿は手酌で酒を注ぐ。
既に王では無いからと、お付きの者をギルガメッシュの元へ送り出しているのだ。
「ゼン殿、これからも我が子、ギルガメッシュの事を頼む。」
「はい、お任せください、ルガルバンダ殿。」
俺の返事を聞いたルガルバンダ殿は、1つ頷くと再び杯を飲み干す。
「王の座を引いた我は、そう時をおかずに神の加護を失うであろう。
そうなれば、元々病弱であった我は長くは生きられぬであろうな。」
「ルガルバンダ殿、貴方が望むのなら霊薬を融通しますよ?」
「ありがたい申し出だが、その霊薬はギルガメッシュに渡してもらいたい。」
ルガルバンダ殿は手酌で酒を注ぐと、ため息をついてから話し出す。
「生まれながらにして王たる者だったギルガメッシュが王となった時、
世界がどう変わるのか我にもわからん。千年も生きているのに情けない限りだ。」
ルガルバンダ殿は自嘲する様に笑いながら杯を干すと、
顔を上げて虚空を見つめながら話し出す。
「我が願うのはただ1つ、ギルガメッシュが最後の時に1人では無い事だ。
あれは心細く、何よりも怖い。」
ルガルバンダ殿は初陣の時に流行り病にかかった。
当時の王であるルガルバンダ殿の父は、流行り病が拡がらぬ様に
末子であるルガルバンダ殿を洞窟に捨てたそうだ。
病で衰弱していき死を迎えようとしていたルガルバンダ殿が神に祈ると、
ルガルバンダ殿を哀れに思った神々が、ルガルバンダ殿に加護を与えた。
そして加護を得たルガルバンダ殿は、頑強な身体を手に入れて生き延びる事が出来た。
生き延びたルガルバンダ殿は、多くの兄達よりも知恵や力を示した事で、
ウルクの神により王に任命されたのだ。
「ゼン殿、重ねて願う。ギルガメッシュの事を頼む。」
ルガルバンダ殿の目は千年の時を王として生きた英雄としてのものではなく、
己が子を思う父としての慈愛に満ちたものだった。
俺は席を立つと、床に片膝をついて包拳礼をする。
「姓は楊!名は二郎!字をゼンと申します!我が名に懸けて、
ギルガメッシュの友である事を誓いましょう!」
俺の誓いにルガルバンダ殿は驚いて目を見開く。
だが直ぐに微笑むと、ルガルバンダ殿も床に膝をついて俺の手を取った。
「冥府への旅路の良き土産をいただいた。ありがとう、二郎殿。」
ルガルバンダ殿は俺を立ち上がらせると、杯を差し出してきた。
「さぁ、今日は新たな王が選ばれた目出度い日だ。改めて祝杯を上げよう。」
俺は笑顔で杯を受け取ると、ルガルバンダ殿と杯を打ち鳴らしたのだった。
◆
ギルガメッシュ叙事詩の1節にはこう綴られている。
『ギルガメッシュが新たな王となった日に、前の王であったルガルバンダは治水の神ゼンと祝杯を上げた。』
『その祝杯の席でルガルバンダは、自身の経験からギルガメッシュが1人にならぬ様に治水の神ゼンに願った。』
『治水の神ゼンはこの願いを聞き入れて、ルガルバンダにギルガメッシュの友である事を誓った。』
千年もの時を王としてあり続けたウルクの伝説の英雄ルガルバンダ。
そのルガルバンダの人徳がわかる心暖まるエピソードである。
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