二郎になりました…真君って何?   作:ネコガミ

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本日投稿1話目です。


第123話

「…その報告は本当か?」

 

周の地へと一軍を率いて来た殷の将である魔礼青(ま れいせい)は、殷の軍の進軍先の荒野で待ち構えていた周の軍の布陣を物見に聞いて呆れた様な声を上げた。

 

魔礼青は魔家四将(まかししょう)と呼ばれる四兄弟の長兄で殷のとある地の守備についていたのだが、聞仲の命により別の将と守備を交代して、今回の西岐攻めの将として一軍を率いていた。

 

「周の軍師は戦を知らんのか?」

 

魔礼青がそう言うのも無理はないだろう。

 

何故なら周の陣の最前線となる位置には無数の矢筒が所狭しと立てられており、そこには兵を並べて陣形を作れるような有余などなかったのだから。

 

「こちらは十万、西岐の連中はこちらの半分にも満たぬ兵しかおらぬのか。しかも兵を率いているのは黄将軍ではなく、姜子牙などという蛟退治程度の噂しか無い道士…つまらん相手だ。こやつの出番が無いではないか。」

 

魔礼青は腰に帯びている青雲剣と呼ばれる剣の宝貝をポンッと叩くと高笑いをする。

 

大国たる殷は一軍であれども十万の兵がいるが、その十万の兵に対して周の軍は二万の兵しかいなかった。

 

その差は五倍。

 

魔礼青は既に今回の戦の勝利を確信した。

 

しかし夕刻であることもあり、万全を期して行軍で疲れた兵を休ませるかと思考した魔礼青が一喝する。

 

「兵に腹一杯食わせよ!明日の日の出と共に奴等を一息で飲み込んでくれるわ!」

 

魔礼青の一喝が殷の兵に届くと、殷の兵達から歓声が上がったのだった。

 

 

 

 

「尚、殷の軍は食事を始めるようだ。」

 

小高い丘に置いた本陣にて4km先にある殷の軍の動きを見た士郎が、その動きを姜子牙に告げた。

 

「うむ、思った通りに腹拵えを始めたのう。」

「士郎殿の目は凄いな。正に鷹の目。いや、それをも超えているか。」

 

士郎の言葉を聞いた姜子牙は腕を組みながら頷き、姜子牙の横にいた伯邑考は地平線にいる殷の軍を見ようと目を凝らしながら驚きの声を上げた。

 

「ところで尚、あれは策と言えるのかね?」

「相手を油断させているのだから立派な策よ。もっとも、士郎の弓の腕がなければ成り立たぬ策だがのう。」

 

姜子牙の策は至極単純だった。

 

無数に置いた矢筒に入っている矢を、士郎が迫りくる殷の兵に向けて射る。これだけである。

 

「周の兵は二万、殷の軍は十万はおるだろう。これだけ兵の数に差があれば、殷の将は小細工をせずに正面からの力押しでくるだろうのう。」

「その正面から来る十万の兵を一人で相手にする私の身になってもらいたいものだ。」

 

そう言って士郎がため息を吐くと姜子牙が笑う。

 

「姜子牙殿、本当に殷の将は力押しで来るのか?」

 

伯邑考が疑問の声を上げると、姜子牙は人差し指を立てて答える。

 

「うむ、まず間違いないであろう。」

「なぜだ?」

「力押しで蹴散らした方が外聞がいいからのう。それに、これだけ兵の数に差があって策を弄すれば殷の他の将に臆したと言われかねぬ。それ故に今回の戦で一軍を率いる殷の将は力押しを選ぶしかないのだ。」

 

姜子牙の答えに伯邑考は理解を示したが納得はいっていなかった。

 

「如何に外聞が悪かろうと兵の犠牲を少なくする為にも策を用いた方がよいのではないか?」

「伯邑考殿がその考えを忘れねば良い王になれるであろうのう。だが、兵の犠牲が多い方がよく戦ったと思われやすいのが現実だのう。」

 

今の時代、人々に正確な情報が伝わる事は少ない。

 

今回の戦を例にしてみよう。

 

もし殷の軍が勝った場合、殷は本来の数より多くの兵に勝ったと噂を広げるだろう。

 

その際に将はどの様に戦ったのかが話題に上がり、堂々と戦い勝ったとなれば、その将は名将や猛将として中華の人々の間で讃えられる事になる。

 

もちろん策を用いて勝っても讃えられるが、一般の人々にとって想像がしやすい力押しの方がより多くの称賛を得やすいのが今の世の常である。

 

「戦になれば犠牲は避けられぬ。だからこそ勝たねばならぬが、ただ勝てばよいというものでもない。先々を考えて勝ち方を、時には負け方も考えねばならぬ。」

 

伯邑考が真面目な表情で頷くと、姜子牙は固い雰囲気を解す様に肩を竦める。

 

「まぁ、それを考えるのが儂の仕事だのう。とりあえず伯邑考殿は戦の雰囲気に慣れねばな。」

「あぁ、頼んだぞ姜子牙殿、士郎殿。」

 

伯邑考が包拳礼をすると、姜子牙と士郎も包拳礼を返したのだった。




本日は5話投稿します。

次の投稿は9:00の予定です。

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