二郎になりました…真君って何?   作:ネコガミ

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本日投稿3話目です。


第125話

青雲剣を片手に持った魔礼青が殷の軍と周の軍のちょうど中間に位置する場所へと歩み出る。

 

その間、魔礼青には一本の矢も放たれない。

 

ただ一人が歩み出る。

 

この状況が意味する所は二つ。

 

降伏か、一騎討ちか。

 

どちらにしろ、今の魔礼青を攻撃するのは義を欠くことに繋がる。

 

それ故に、周の軍…もとい、士郎は魔礼青に攻撃をしないのだ。

 

戦場の中央に辿り着いた魔礼青は息を大きく吸い込む。

 

そして…。

 

「我が名は魔礼青!魔家四将が長兄である!我が軍を瓦解させた武人との一騎討ちを所望するものなり!」

 

魔礼青の大喝が戦場に響き渡ると、周の兵達からざわめきが起こる。

 

魔礼青。

 

魔家四将の長兄として中華に名を広めている殷の将である。

 

曰く、四方の敵を剣の一振りで吹き飛ばした。

 

曰く、眼前の敵数人を一振りでまとめて斬り捨てた。

 

魔礼青の名声は将としてはともかく、武人としては周に亡命した黄飛虎をも上回るとされていた。

 

その魔礼青が一騎討ちを挑んできた。

 

周の兵達のざわめきが止まらない。

 

この時代の一騎討ちは剣や槍を持っての近接戦が基本である。

 

戦の華である一騎討ちにおいて飛び道具は卑怯とされ、近接戦のみでの決着が暗黙のルールとなっていた。

 

もちろん戦いに卑怯などないとして飛び道具を用いる者もいたが、飛び道具を用いて一騎討ちに勝利した者は卑怯者と蔑まれ出世が出来ず、汚名が広がるのが今の中華の常である。

 

それ故に士郎の弓の腕前を目の前で見た周の兵達であるが、士郎の近接戦の腕前を知らぬ為にざわめきが止まらないのだ。

 

弓の腕前を誇る武人が近接戦で不覚を取る事例は珍しくない。

 

しかし士郎はそんな周の兵達の心配を他所に、魔礼青の前に堂々と進み出た。

 

「貴様が我が軍をその弓で瓦解させた者か?」

「あぁ。」

「知らぬ顔だな。名乗るがよい!」

 

士郎は魔礼青の一喝に不敵に笑みを浮かべてから名乗りを上げる。

 

「私は士郎!道士の端くれであり、二郎真君の弟子だ!」

 

士郎の名乗りに殷、周の双方からざわめきが起こる。

 

もちろん魔礼青も驚いた者の一人だ。

 

二郎の名は中華において絶対的な力の象徴であり、法を司る正義の執行者としても認識されている。

 

だからこそ中華の人々の間で肖って字を名乗る事はあれども、騙る事は許されない風潮がある。

 

その為、士郎が二郎の弟子である事を名乗ったのは衝撃だった。

 

法を司り正義の執行者たる武神の弟子がここにいる。

 

殷の兵は自分達は悪なのかと疑いを持ち戦意を失い、周の兵達からは歓声が上がった。

 

魔礼青は内心で歯噛みをする。

 

例えこの一騎討ちに勝とうとも、最早今回の戦の勝利は望めないからだ。

 

周にとってはこれ以上ない完全勝利だ。

 

魔家四将の長兄である己が手も足も出ない完全敗北。

 

魔礼青はここに至って気付いた。

 

己が踏み台にされた事に。

 

青雲剣を持たぬ魔礼青の左手から血が滴り落ちる。

 

屈辱による怒りが痛みを忘れさせ、爪が食い込むのも構わずに強く手を握り締めたからだ。

 

だが、魔礼青も一軍を率いる一端の将である。

 

不意に戦場に笑い声が響き渡った。

 

「ははは!相手にとって不足無し!」

 

もしここで一騎討ちにも敗れれば、後の戦の勝敗にも影響が出てしまうであろう。

 

だからこそ相討ちであっても士郎はここで殺さねばならない。

 

魔礼青は死を覚悟した。

 

「酒を持てい!」

 

魔礼青の指示に従って副官が顔を青ざめさせながらも杯に酒を満たして持ってくる。

 

その様子をチラリと見た魔礼青は苦笑いを隠さなかった。

 

「将軍、申し訳ありません。」

「構わぬ…それよりも一兵でも多く、兵を殷へ連れ帰るのだ。奴等の力が増すのは癪だからな。」

 

魔礼青はそう言うが、自身でもそれは難しいだろうと思っている。

 

だが、殷の将としてそう言わねばならなかった。

 

魔礼青は杯を受け取る前に、後ろ髪を青雲剣で斬って懐剣と共に副官に差し出す。

 

「弟達に渡してくれ。」

「はっ!…魔礼青将軍、御武運を!」

 

副官が下がったのを見届けた魔礼青は酒を一息で飲み干すと、杯を地面へと叩きつけた。

 

「今一度名乗ろう!我が名は魔礼青!魔家四将が長兄なり!士郎よ!恐れぬのならかかってまいれ!」

 

 

 

 

『士郎の戦』

 

封神演義と殷周革命において語られる最初の戦だが、古今において地名が冠される事が多い中で、個人の名が冠された稀有な戦である。

 

士郎。

 

現在では王士郎として広く知られる古代中華の大英雄だが、武神である二郎真君の一番弟子である事以外の詳しい出自はわかっていない。

 

当時は奴隷が当たり前であったことから、奴隷だった士郎がその才を見出だされて二郎真君の弟子となったというのが有力な説である。

 

士郎は『士郎の戦』において個人の名が冠されるに相応しい目覚ましい活躍をする。

 

その弓の冴えは後に武王を名乗る姫伯邑考から『士郎が弓、正に万夫不当なり』と称された。

 

士郎がその弓で次々と殷の兵を射殺していくと、殷の兵の士気は挫かれ、殷の兵達は戦いが出来る状況では無くなってしまった。

 

そこで殷の軍を率いていた魔礼青は形勢逆転の為に士郎に一騎討ちを申し出た。

 

この一騎討ちを受けた士郎が魔礼青を掠り傷一つ負わずに討ち取ると、戦場に残っていた殷の兵五万の内の殆どが周に投降したと記述されている。

 

武神の弟子に恥じぬ力を示した士郎の名は、『士郎の戦』の後に中華の地に広く知れ渡っていったのだった。




次の投稿は13:00の予定です。

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