士郎が魔礼青を一騎討ちにて討ち取って初戦は周が完勝すると、姫昌は名を文王と改めた事を中華に告げた。
それに伴い姜子牙も名を太公望と改め、周の軍師として軍を指揮し、次々と殷との戦に勝利していった。
周を建国し殷との戦が始まって五年、李靖が初めに周に降る事を中華に告げると、李靖に続く様にして殷の属国の幾つかが周の下に降った事で中華の三割は周の統べる所となったが、統治等の問題により周の勢いが止まり始めた。
そんなある時の事、二郎の元での修行を終えた哪吒が周へとやって来たのだった。
◆
「哪吒、よう来たのう。」
「…ふんっ。」
二郎の元で修行をして道士となった哪吒は不老となりその見た目は変わらないが、その身に纏う空気は一端の武人のものとなっていた。
「さて、先ずは士郎と手合わせをしてもらおうかのう。哪吒の力を知らねば策を立てられぬからのう。」
「『天弓士郎』との手合わせか。望むところだ。」
『天弓士郎』
士郎の弓の腕前を称賛し、畏れた殷の兵の誰かがそう呼んだ事で広まった士郎の異名である。
士郎が戦場にて放つ矢は天から降り注ぐだけでなく、正確に致命傷となる部位を射抜く。
それ故に中華の人々の間では『天弓士郎、地の果てまで射抜く。』と歌われ称賛されていた。
士郎は今では周で一番の武人として、そして黄飛虎に次ぐ将軍として中華に名を広めている。
しかし、中華に名が広まった事で士郎にとって困った事が起こる様になった。
それは婚姻政策である。
周と周に属する国の有力者達が次々と娘を士郎の妻にと話を持ってくるのだ。
士郎は太公望に相談したが、太公望には誰かを妻とせねば止まらぬと言われてしまった。
今の時代の血のつながりの重要性は士郎も理解している。
しかし士郎は全ての話を断っていった。
これにより士郎には男色家の噂が付き纏う様になったが、士郎は頭を抱えながらも甘んじて噂を受け入れた。
全てはある女性を救う為に…。
「それで、士郎はどこにいる、姜子牙。」
「今の儂は太公望と名乗っているんだがのう…。」
苦笑いをしながら頬を掻く太公望だが、哪吒はまだ太公望の事を認めていない為、彼を太公望と呼ぶ事はしていない。
二郎に鍛えられた事で人としても成長をした哪吒だが、その気質は武人であり、奇策を用いて戦う太公望の事を好んでいないのだ。
もちろん策の有用性は認めているが、これは哪吒個人の好みなので仕方ないだろう。
ため息を吐いた太公望は哪吒に士郎の居場所を告げる。
「士郎は今、弓兵の指導をしておる。練兵場に行ってみるがよい。」
太公望の言葉を聞いて哪吒が去ると、太公望はもう一度ため息を吐いたのだった。
◆
哪吒が周で太公望と話していた頃、崑崙山では雷震子と黄天化が地に身体を横たえて空を見上げていた。
「あ~あ、哪吒だけずりぃよなぁ。」
「俺も早く父上の所に戻りたいなぁ。」
雷震子につられる様に黄天化も愚痴を溢す。
「俺だって蛟を退治出来る様になったんだけどなぁ。」
「それだけじゃあ足りないよ、雷震子。」
二郎がたしなめる様に声を掛けると、雷震子と黄天化が慌てて身体を起こす。
「蛟退治なんて武の道を歩む道士の基本だからね。それがなんとか出来た程度じゃあ、宝貝を持つ道士との戦いで不覚をとってしまうよ。」
「ですけど二郎真君様、親父達は五年で中華の三割を統べたんですよ?それに士郎が魔家四将の内二人を倒してますし、このままじゃあ俺達が行く前に殷が滅びてしまいます。」
「おや?雷震子は殷が滅びるのは嫌なのかい?」
「あ、いえ、そういうことでは…。」
二郎の指摘に雷震子と黄天化は畏縮してしまう。
「役に立ちたい、手柄を上げたい、大いに結構だけど、目的と手段を間違えてはいけないよ。」
「「…はい!」」
二郎の言葉に二人が素直に返事をすると、二郎は微笑む。
「さぁ、それじゃそろそろ修行を再開しようか。姫昌…文王や黄飛虎が驚く程に成長した姿を見せてあげないとね。」
「「はい!」」
二人は大きな声で返事をすると、二郎との手合わせを始めるのだった。
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