伯邑考が武王となってからも快進撃を続けていた周の軍であったが、中華の六割を統べた辺りでその快進撃が止まってしまった。
「厄介だのう…。」
軍師として宛がわれた執務室で一人言を溢すのは太公望である。
「厄介なのは認識していたのだが、こうして実際にやられると頭を抱えるしかないのう…。」
太公望を悩ませているのは王貴人の存在である。
王貴人は石琵琶の宝貝の音に乗せて幻術を使うのだが、その幻術により殷の軍の士気を高め、周の軍の士気を下げてくる。
戦略的に負けはしないものの、ここ半年程は王貴人一人の幻術によって戦術的な負けが続いていた。
「武功をわけようとしたのが裏目に出たのう…。」
太公望は大きなため息を吐く。
これまでの太公望の策を支えてきたのは士郎を始めとして、黄飛虎や哪吒といった周の外様の者が中心だった。
その結果、連戦連勝で周の地盤を広げるに伴い、元々西岐に仕えていた将の不満も溜まってしまった。
勝ち戦に便乗して武功を重ねたい。
そんな思いが周の将兵に蔓延る様になり、ここ最近の太公望の頭を悩ませる様になった。
そこで太公望は戦略的に重要ではない地での戦を、元々西岐に仕えていた将に任せる様にした。
しかしその戦線の戦は連戦連敗を続け、これ以上の敗戦は戦略的にも影響が出る様になり、元々西岐に仕えていた将に任せられない様になってしまったのだ。
「やれやれ、姫昌殿に説得を頼むしかないのう。」
頭を掻きながら立ち上がった太公望は、姫昌の元に向かうのだった。
◆
「まったく…来るなら先触れの一つぐらい寄越してからにしないか。」
「文句なら老師に言ってくれ、私は被害者だ。」
これまで周の戦の中心にいた士郎は、元々西岐に仕えていた将が中心に戦をする様になった事に伴い、太公望からしばしの休暇を与えられた。
そんな休暇を与えられた士郎の元に二郎が訪れると、二郎は微笑みながら士郎を殷の都に放り込んだのだ。
「それはともかく、随分と活躍をしている様だな、王貴人。」
「ふんっ、士郎に負けていられないからな。」
士郎の言葉に王貴人は胸を張って応える。
「おそらくだが、次の戦で周の軍は本格的に君個人を狙うだろう。」
「望むところだ。」
そう答える王貴人に士郎は軽くため息を吐く。
(やれやれ、忙しくなりそうだな。)
周に戻ってからの行動を士郎が考えていると、不意に王貴人が斜に構える。
「…それで、今日はどうするんだ?」
頬を紅く染めながら顔を逸らしている王貴人の横顔に、士郎は自然と笑みが浮かぶ。
「老師が迎えにこなければ、私は帰れんよ。」
「…ふんっ!仕方ない、私の所に泊まっていけ。か、勘違いするなよ!仕方なくだからな!」
そんな王貴人の態度に士郎の悪戯心が首をもたげる。
「別に、私は野宿でも構わんのだが?」
「馬鹿者!天弓士郎ともあろうものが野宿をしては示しがつかんだろうが!」
「そうかね?」
「いいから、文句を言わずに私の所に来い!」
王貴人の言い分に士郎はクスクスと笑う。
「…なんだ、その笑いは?」
「いや、君の言い分がまるで求婚の様に聞こえたものでね。」
「きゅ、求婚!?」
顔を真っ赤にして口をパクパクとする王貴人の姿に、士郎は口を押さえて笑いを堪える。
「さて、それじゃ君の部屋に向かうとしようか。」
「へ、部屋に?明るい内から何を考えている!」
「このままここにいては殷の誰かに見つかるからそう言っただけだが…何を想像したのかね?」
「な、何も想像していない!早く行くぞ!」
王貴人が肩を怒らせ大股で歩き出すと、士郎は笑いを堪えながら後に続くのだった。
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