「王貴人ちゃん。」
周との戦の為に殷の軍が出陣する準備をしていると、その準備の喧騒から離れて石琵琶を弾いていた王貴人の元に妲己がやってきた。
「妲己姉様、都の方はよろしいのですか?」
「もう私が都で動く必要はないわねん。後は各戦線でちょっと悪戯をするだけで事足りるわん。」
以前は中華の大半を支配していた殷だが、その支配地域も今では半分にまで減っている。
「ですが、幻術の解けた紂王は油断ならぬ人物と噂を聞いていますが…。」
「確かに、今の紂王ちゃんは名君ねぇん。」
「では…。」
「それでも問題は無いわん。もう、滅びへの流れは出来ちゃってるものん。」
如何に名君とそれを支える忠臣がいようとも、国の根幹は民である。
その民が次々と離れていく状況となってしまった今では、殷の国としての寿命は尽きかけているのだ。
道士としてまだ年若い王貴人では国の寿命というのが想像しにくいものだが、千年を超える時を生きてきた女仙の妲己は幾つもの国の興亡を見ているので、今の殷の状況を殷の誰よりも正確に把握しているのだ。
「そういうわけで、あまり殷の軍に肩入れし過ぎたら駄目よん。王貴人ちゃんまで巻き込まれちゃうからねん。」
「…私にも、幻術で兵を焚き付けた責任がありますから。」
「もぉん、真面目ねぇん。」
頬を膨らませて不満そうな表情をする妲己に、王貴人は困った様に苦笑いをする。
「それじゃ、これは命令よん。次の戦が終わったら、王貴人ちゃんは自分の意思で自由に生きなさい。」
「もし、生き残る事が出来たらそうします、妲己姉様。」
そう言って微笑んだ王貴人は、殷の軍と共に出陣していったのだった。
◆
「寂しいかい、妲己?」
「そうですね…正直に言えば、少し寂しいです。そして、少しだけ羨ましいと思っていますわ。」
王貴人の出陣を見送った妲己に、隠形の術で姿を隠していた二郎が声を掛ける。
振り返った妲己は二郎の胸に顔を埋める。
「それでも妹分の幸せを考えれば、これが最善…。なら、私は笑顔で見送るだけです。」
そう言いながら妲己は二郎の背中に手を回して抱き締める。
数秒程抱き締めた後、妲己は顔を上げて二郎の目を見詰める。
そして妲己はゆっくりと背伸びをする。
だが…。
「そこまでなのじゃ!妾の目の前で二郎真君の唇を独占させないのじゃ!」
「あらん?竜吉公主ちゃんもいたのねん?」
竜吉公主が二人の間を割こうとするが、妲己は二郎にしなだれかかって離れる様子を見せない。
「ええい!早く離れるのじゃ!」
「い・や・よん。」
抗議を聞き入れない妲己に肩を怒らせる竜吉公主だが、妲己はそんな竜吉公主の姿を見て楽しんでいた。
「ところで楊ゼン様、周では王貴人ちゃんを迎え入れる準備は出来てるのかしらん?」
「うん、大丈夫だよ。俺も姫昌に口添えをしておいたからね。」
「うふん、それなら安心ねん。ありがとうございます、楊ゼン様。」
お礼の言葉と共にスッと背伸びをした妲己は二郎と唇を重ねる。
「コラァ!妲己!お主ばかりずるいのじゃ!」
「楊ゼン様ぁん、竜吉公主ちゃんが妹分がいなくなる事で傷心な私をいじめるのぉん。」
「どこが傷心なのじゃ!妾に見せ付けようとしておるだけではないか!」
「あらん?ばれちゃった。」
「ムキー!」
じゃれあう妲己と竜吉公主を宥めた二郎は、二人を伴って戦の見物に向かうのだった。
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