二郎になりました…真君って何?   作:ネコガミ

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本日投稿4話目です。


第131話

周の軍と殷の軍が入り乱れる血生臭い戦場に、石琵琶の美しい音色が流れている。

 

怒号と悲鳴が飛び交う戦場には似つかわしくない物だ。

 

だが、この石琵琶の美しい音色が戦場の流れを支配していた。

 

「ぐっ!」

「父上!?」

 

黄飛虎の呻きと黄天化の叫びが響く。

 

石琵琶の音色に乗せられた幻術により動きが鈍った黄天化が雑兵に討たれそうになったところを、父親である黄飛虎が庇って左腕を負傷したのだ。

 

「大丈夫ですか、父上!?」

「俺の心配をしている暇があったら腹に力を入れろ!幻術なんざ気合いで吹っ飛ばせ!」

「はい!」

 

黄飛虎の指示で幻術に抵抗した黄天化が、二郎から授けられた槍の宝貝を振るって殷の兵を薙ぎ払う。

 

そこに出来た僅かな猶予の間に、黄飛虎は慣れた手付きで負傷した左腕を止血した。

 

「武成王を舐めるな!てめぇらなんざ片腕でも十分だぜ!」

 

黄飛虎が右腕一本で金属製の棍を振るうと、一振りで数人を吹っ飛ばした。

 

右腕一本で器用に棍を振いながら、黄飛虎は周囲の味方の状況を確認していく。

 

「戦線はもって二刻(四時間)ってところだな…。」

 

幻術に抵抗しながら戦う黄天化を援護しながら黄飛虎は最前線で戦い続ける。

 

四半刻(三十分)後、太公望の指揮により黄飛虎達の元に増援がやってきた。

 

「頼んだぜ、士郎殿。太公望殿に依頼されて、嫁さん達が張り切って用意した宴が無駄になっちまうからな。」

 

そう呟いた黄飛虎は増援に黄天化の援護を任せ、自らは前線を押し戻す為に兜首目掛けて突撃をするのだった。

 

 

 

 

血生臭い戦場から離れた場所にある殷の軍の本陣に、石琵琶を奏でる一人の美女がいる。

 

この美女の名は王貴人。

 

妲己三姉妹の末妹だ。

 

王貴人が奏でる石琵琶の音色は、王貴人の幻術を乗せて戦場の隅々にまで響き渡っている。

 

この石琵琶の音色が殷の兵の士気を上げその動きを活性化し、周の兵の士気を下げてその動きを鈍らせているのだ。

 

幻術一つで戦場の流れを支配している王貴人だが、その石琵琶を奏でる表情はまるで逢い引きの待ち合わせをしている乙女を幻想させるものだった。

 

そんな王貴人が不意に石琵琶の演奏を止めると一言呟く。

 

「来たか。」

 

殷の軍の本陣に赤い外套を纏った男が姿を現す。

 

その男を見た殷の本陣を守る将が大声を上げた。

 

「天弓士郎だ!討ち取って名を上げろ!」

 

将の指示で本陣にいる殷の将兵が余すことなく武器を手に取り士郎に向かっていく。

 

万を超える将兵が向かってくる中で、士郎は双剣を手にゆっくりと歩みを進めていた。

 

殷の兵が一人、士郎を討とうと渾身の一振りで剣を振るう。

 

だが、半身をずらして剣を避けた士郎は反撃の一振りでその兵の首を飛ばした。

 

「臆すな!天弓士郎は弓を持っていない!数で押しきれ!」

 

将の檄で次々と殷の兵が剣で、槍で士郎を討ち取ろうと仕掛けていく。

 

しかし、士郎はまるで舞うような動きで歩みを止めずに兵を返り討ちにする。

 

「弓だ!弓を持て!」

 

士郎のあまりの強さに恐慌した殷の将がそう指示を出す。

 

だが、それは悪手だった。

 

双剣を腰に差し、黒塗りの洋弓を手に取った士郎は、鍵の宝貝で作った虚空の穴から矢を取り出す様に見せて、投影した矢で次々と殷の兵を射抜いていく。

 

殷の兵の一人が弓に矢をつがえた時には十人を射抜き、矢を放った時には百人を射抜いていた。

 

そして殷の兵が放った矢すら自らが放つ矢で射落とし、無傷で殷の兵を射抜き続けていく。

 

士郎が殷の本陣を強襲してから半刻(一時間)が過ぎた頃、殷の本陣の軍は潰走し、その場には士郎と王貴人の二人だけが残った。

 

「待たせたか?」

「あぁ、待ったな。」

「そうか、それはすまない。」

 

敵とは思えない柔らかな雰囲気で二人の会話が続いていく。

 

「王貴人、私との一騎打ちを受けてほしい。」

「あぁ、いいぞ。」

 

「あぁ、その前に一騎打ちの報酬を決めよう。」

「報酬?」

 

「私が勝ったら、君を周に連れて帰る。」

「私は周の軍に散々痛手を与えたのだぞ?その私を連れて帰っても首を討たれるだけだ。」

「君を救う為に、私のこれまでの武功を代償に差し出す。」

 

士郎の言葉に王貴人は微笑んだままため息吐く。

 

「馬鹿だな。」

「馬鹿でいいさ。君を救えるのならな。」

「本当に…馬鹿だな。」

 

そう言うものの、王貴人の表情はどこか嬉しそうだった。

 

しかし、そんな王貴人が少しからかう様な笑みをしながら口を開く。

 

「それじゃ、私が勝ったら士郎を殷に連れて帰るぞ。」

「紂王や聞仲は私を受け入れるのか?君の戦功は十分かもしれないが…。」

 

「戦功を差し出す筈がないだろう。私には幻術があるんだからな。」

「やれやれ、君は悪い女だな。」

「馬鹿者、悪いではなく強かと言え。」

 

そこで会話を終えた二人は武器を構える。

 

そして同時に踏み込むと、士郎と王貴人の一騎打ちが始まったのだった。




次の投稿は15:00の予定です。

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