「…私の負けだな。」
「あぁ、私の勝ちだ。」
殷の本陣を強襲し王貴人と一騎打ちをした士郎は、互いに全力を尽くした勝負に勝利した。
「立てるか?」
「少し休めばな。」
王貴人の返答を聞いた士郎は、王貴人の隣に腰を下ろす。
「これで士郎との勝負は負け越しか…。だが、悪い気分じゃない。」
「あえて言うなら、戦場での経験の多さが今回の勝敗を分けたのだろう。」
「あぁ、そうだな。」
そう答えると王貴人は潰走を始めた殷の軍に目を向ける。
そこには一騎打ちに敗れた王貴人を救おうとする者は皆無だった。
「周の軍は追撃をしないのだな。」
「兵の多くは民だからな。」
「甘い…と言いたいところだが、その甘い連中に負けたのだから何も言えないな。」
小さく息を吐いた王貴人は士郎に目を向ける。
「もう大丈夫だ。約束通りに私を周に連れていけ。」
「あぁ、そうさせて貰おう。」
立ち上がった士郎は王貴人を抱き上げる。
所謂、お姫様抱っこの格好だ。
「ば、馬鹿者!何を考えている!下ろせ、士郎!」
「勝者は私だ。敗者は黙って従って貰おうか。」
「下ろせ―――!!」
頬を紅に染めた王貴人は、自身を抱き上げる士郎の胸をポカポカと叩き続けたのだった。
◆
戦に勝利した士郎達が周に戻ると宴が始まった。
だが、この宴はただの宴ではない。
士郎と王貴人の婚姻の宴だった。
「なんでさ。」
宴の主役として上座に座らされた士郎が、項垂れながらそう呟く。
そんな士郎の元に杯を持った太公望がやって来た。
「主役がそんな状態ではいかんのう。」
「尚、これは君の仕込みか?」
「さぁ?なんの事かのう?」
わざとらしく笑う太公望の姿に、士郎は頭を抱えた。
「士郎の武功を代償に罪を減じても王貴人への恨みは残るだろうのう。士郎が王貴人を救う、守るというのならこれが一番だのう。」
太公望の言葉は理解出来る士郎だが、悪びれもせずにそう言う太公望の姿にため息を吐く。
「さて、儂は席に戻るとするかのう。もう一人の主役の準備が整ったようだからのう。」
そう言って太公望が席に戻ると、宴が行われている部屋の前に一人の美女が立った。
この時代の意匠で綺麗に着飾った美女の名は王貴人。
これから士郎の妻となる女性だ。
楽士が曲を奏で始めると、王貴人はゆっくりと歩みだす。
王貴人がゆっくりと歩むその姿は男女を問わず魅了し、視線を釘付けにした。
もちろん士郎も魅了された者の一人だ。
やがて王貴人が士郎の元に辿り着くと、王貴人は士郎に幸せそうな微笑みを向けた。
士郎は立ち上がると、王貴人の前に歩み出る。
「やれやれ、まさかこうなるとはな。」
「なんだ、私が妻では不満か?」
「まさか、不満など微塵もないさ。」
士郎は頬を紅に染めた王貴人の両手を手に取る。
そして…。
「ここまで御膳立てされておいてから言うのもなんだが…王貴人、私と結婚してくれ。」
「…あぁ、喜んで。」
返事を聞いた士郎が王貴人を抱き寄せると、宴に参加している者達が次々に祝福の声を送っていったのだった。
◆
『王貴人』
中華の歴史に名を残す女性道士であり、中華の大英雄である王士郎の妻である。
王貴人は当時の名士である王氏の一族だったが、一族は殷に滅ぼされてしまい、一度は奴隷の身分にまで落ちてしまったとの記述が残されている。
そんな王貴人が辱しめを受けようとしていた所に、傾国の美女として名が残る妲己が現れ、王貴人を義妹として引き取る。
それからの王貴人は妲己に恩を返す為に道士として修行に励み、妲己が殷を滅ぼす手伝いをしていった。
殷周革命の資料には士郎に見初められた王貴人は一騎打ちに敗れた後に士郎に求婚されたとの記述が残されているが、封神演義では一騎打ちをする以前から二人は知り合っていたとされている。
士郎との結婚後の王貴人は士郎と共に戦場に立ち、士郎の偉業の後押しをしていった。
『王貴人』
類い稀な美女としても名を残す彼女は、後の時代に名を残す多くの女性達の目標とされ、現代にまで理想の女性像の一つとして語り継がれていくのであった。
これで本日の投稿は終わりです。
また来週お会いしましょう。