殷との決戦の準備をしている周の都である西岐の地にとある旅の一行が訪れた。
「西岐にとうちゃ~く☆」
幼さを感じさせる美少女が元気な声を上げると、その美少女と一緒に旅をしてきた女子供は安堵のため息を吐く。
そんな一行を見た西岐の門番二人が首を傾げると、元気な美少女が門番に声を掛けた。
「ねぇねぇ門番さん、王貴人ちゃんを呼んできて☆」
「王夫人を?君は何者だ?」
門番の二人は警戒して槍を持つ手に力を込める。
そんな門番の雰囲気に旅をしてきた女子供が僅かに怯えるが、元気な美少女は欠片も変わらずに門番に答えた。
「私は胡喜媚!王貴人ちゃんの養姉なのだ☆」
◆
「胡喜媚姉様!?」
「あ、王貴人ちゃん、久し振り~☆」
門番の一人から報告を受けた王貴人が急いで駆け付けると、そこには子供達と遊んでいた胡喜媚の姿があった。
「胡喜媚姉様がなぜここに?いえ、それよりもその者達は確か紂王の…。」
「王貴人ちゃん、皆疲れちゃってるから休ませて欲しいな☆」
言葉を遮る様にして話してきた胡喜媚を見て、王貴人は今回の一件を何となく察した。
おそらくは妲己が関わっているのだろうと。
「わかりました。では、私の屋敷にご案内します。」
「あれれ~?夫婦水入らずの邪魔をしちゃわないのかなぁ~?」
「い、行きますよ、胡喜媚姉様!」
顔を赤らめながら歩き出す王貴人を見た胡喜媚は、結婚しても変わらぬ妹分の様子に笑みを浮かべたのだった。
◆
「お~、広いお屋敷だね、王貴人ちゃん☆」
屋敷に入った王貴人は使用人を呼び、胡喜媚以外の者達の世話を指示する。
王貴人自らは胡喜媚をもてなして四半刻(三十分)程経つと、門番の報告を武王や太公望に伝えに行っていた士郎が屋敷に戻ってきた。
「ただいま、王貴人。」
「あぁ、お帰り、士郎。」
「お~、これが夫婦の会話かぁ~。胡喜媚、興味津々☆」
茶化してくる胡喜媚に王貴人は頬を赤らめ、士郎は苦笑いをする。
「さて、胡喜媚、少しいいかな?」
「ん?なにかな、王貴人ちゃんの旦那様?」
「三日後、武王様を始めとして主だった者達が集まる。そこで今回の一件の事を説明して欲しい。」
「はいは~い☆了解なりぃ☆」
ウインクをしながら敬礼のポーズをする胡喜媚の姿に士郎はまた苦笑いをする。
「胡喜媚姉様、先に私達に教えていただけませんか?何か必要ならば根回しをしなければなりませんので。」
「ん~、一言で言えば妲己姉様に頼まれたの☆」
「やはりそうですか…では、その経緯は?」
「妲己姉様は紂王に頼まれたって言ってたよ☆」
「「紂王に?」」
王貴人と士郎の言葉が重なる。
胡喜媚の話は次の様に続いていく。
自身の滅びは受け入れた紂王だが、かつての自身の愚行に後宮にいる者達まで巻き込むのはと考え、なんとか逃がす方法はないかと聞仲に相談をしていた。
その相談の最中に妲己が現れ、妲己が伝を使って後宮の者達を逃がしてもいいと持ち掛けた。
その提案を受け入れた紂王は改めて妲己に後宮の者達の事を依頼すると、妲己はその後宮の者達を胡喜媚に託して西岐へと旅立たせたのだ。
「というわけなの☆」
胡喜媚の話を聞いた士郎は少し考えてから話し掛ける。
「胡喜媚、今回の一件が終わったら君はどうするつもりだ?」
「私?…どうしようかな?」
顎に人差し指を当てて胡喜媚は悩み始める。
「胡喜媚姉様、妲己姉様は何か言ってなかったのですか?」
「妲己姉様は…一緒に滅んじゃダメって言ってた…。」
そう言って胡喜媚は涙目になる。
「胡喜媚、妲己姉様に助けてもらってからずっと妲己姉様に恩返しをしたくて一緒にいたのに、一番大事な時に何も出来ないの…。王貴人ちゃん、胡喜媚、どうしたらいいの?」
王貴人に問い掛けた胡喜媚の目から涙がこぼれ落ちる。
「胡喜媚姉様、妲己姉様は他に何か言ってなかったのですか?」
「幸せになりなさいって、恋も知らない子供が死に様を求めるなんて千年早いって…。」
胡喜媚が泣き始める。
その姿は、まるで迷子の子供の様だった。
「では幸せになりましょう、恋をしましょう、胡喜媚姉様。」
「胡喜媚、恋なんてわからないもん…。」
「今は知らなくても、生きていればいつかは知る事が出来ます…私の様に…。」
王貴人の言葉に胡喜媚は顔を上げる。
「うん、わかった。でもね王貴人ちゃん、胡喜媚、妲己姉様が死ぬのは嫌だよぉ…。」
「私も妲己姉様が死ぬのは悲しいです、胡喜媚姉様…。」
胡喜媚と王貴人は抱き合うと、共に涙を流すのだった。
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