周と殷の決戦が始まった。
両軍の兵数を合わせれば三百万を超える大戦だ。
最前線は既に接敵し、怒号と悲鳴が入り交じっている。
そんな大戦を周の本陣から俯瞰している太公望は隣にいる士郎に声を掛けた。
「士郎、すまぬ。」
「謝る必要はないさ。」
「だが、お主に一番の負担を掛けてしまう…。」
「安心してくれ。私は王貴人を未亡人にするつもりはないからな。」
今回の決戦で太公望を最も悩ませたのは、紂王を守る十人の道士の存在だった。
この道士は妲己の配下なのだが、この道士達は全員が宝貝を所持している。
宝貝を持った道士一人の戦力は、戦場で文字通りに一騎当千の力を発揮する事もある。
そんな宝貝を持った道士が十人。
一対一ならば士郎が苦戦する事はないだろう。
だが、十人を同時に相手をするならば命を賭ける必要が出てくる。
ならば誰かを士郎と共に行かせればという考えもあるだろうが、聞仲や妲己を相手にする戦力を考えれば、もう一人も戦力を出せない。
それ故に太公望は周の軍師として、士郎を一人で死地に行くことを命じたのだ。
「士郎、もしもの時は逃げても構わぬ。」
「尚、そう心配するな。老師との手合わせに比べれば、あの道士達を相手にする方が気が楽だ。」
士郎がそう言って戦いに向かうと、太公望は友の背を信じて見送るのだった。
◆
「少し目を離している間に随分と面白い事になっていたようですね。」
「申公豹がのんびりし過ぎただけじゃない?」
「封神台の解析が面白過ぎたのがいけないのです。流石は三清が手掛けただけはあって、私でも完全に解析するのに数十年掛かってしまいましたよ。」
崑崙山に引き篭っていた申公豹が黒点虎に乗って数十年振りに下界に降りてみると、そこでは次代の覇者を争う決戦が行われていた。
数百年を生きてきた申公豹でも見たことがない大戦に、申公豹は大いに興味をそそられた。
「う~ん、今からお邪魔する事は出来ませんかね?」
「申公豹、止めておいた方がいいんじゃない?」
黒点虎の制止に申公豹はつまらなそうにため息を吐くが、虚空にチラリと目を向けると肩を竦めた。
「残念ですが黒点虎の言う通りに止めておきましょう。二郎真君に滅ぼされたくないですからね。」
「おや、気付いていたのかい?」
「確信はありませんでしたが、これ程の一大事を貴方が見逃す筈がありませんからね。」
申公豹と黒点虎の前に、哮天犬に乗った二郎が虚空から姿を現す。
「さて、二郎真君。邪魔をしない代わりと言ってはなんですが、状況を説明してくれませんか?」
「あぁ、いいよ。」
二郎は申公豹の求めに応じて、彼が崑崙山に引き篭っていた間に下界で起きた出来事を話していく。
申公豹は二郎の話を眼下の決戦を見ながら聞いていった。
「太公望ですか…かつては私に一蹴された姜子牙も、随分と大層な名を名乗る様になったものですね。」
「気に入らないかな?」
「いえ、そうでもありません。まぁ、私は元始天尊様達と一緒に『世界』の外に行くので、戦後の処理が落ち着いたら彼を訪ねてみましょうかね。」
封神計画の真の目的は崑崙山や蓬莱山等の中華の要所を『世界』の外に移すための力を集める事だ。
引き篭っている間にその真の目的に気付いた申公豹は、まだ見ぬ『世界』の外に興味をそそられ、下界に残らない事を決めていた。
「ところで、二郎真君はどうするつもりですか?」
「俺は『世界』の外に行かずに残るよ。」
「そうですか、物好きですね。」
「たまには友の墓に酒を献じに行かないと怒られそうだからね。」
二郎がそう答えると、哮天犬が自分も一緒だとばかりに一哮えしたのだった。
これで本日の投稿は終わりです。
また来週お会いしましょう。