士郎が妲己の配下の道士達を封神した頃、黄飛虎と紂王の戦いにも決着がついた。
「余の負けだな。」
地面に身体を投げ出している紂王は血と土に汚れているが、その表情は爽やかなものだった。
「流石は武成王…最後の一踏ん張りが常人とは違うか。」
「その俺と最後の一合まで互角に渡り合ったのはどこのどなたですかね?」
「はっはっはっ!余の武も捨てたものではなかろう?…ゴフッ!」
血を吐いて口回りを赤に染めた紂王の姿を満身創痍の黄飛虎が見下ろす。
「さぁ、黄将軍…その手で決着をつけよ。」
「…紂王様、あんたはいい武人だったぜ。」
「その言葉、良き土産よ。」
黄飛虎は最後の力を振り絞って、横たわる紂王の頭に棍を振り下ろす。
(先に逝くぞ…聞仲。)
◆
「っ!?紂王様!」
哪吒達との戦いの最中に崑崙山へと飛んでいく魂に気付いた聞仲が叫ぶ。
その叫びによって出来た一瞬の隙に、哪吒が火尖槍を突き入れる。
「ぐっ!?」
瞬時に身体を捩った聞仲だが、哪吒の一撃で腹を深く抉られてしまった。
「やっと一撃か…。」
「よくやったぜ哪吒!」
「これで漸く勝ちが見えてきた!」
「胡喜媚、もう疲れたから早く終わりにしたいなー☆」
哪吒達四人を相手取って二刻(四時間)もの間、ただの一撃もその身に受けずに圧倒していた聞仲が、紂王の死に動揺して初めて傷を負ってしまった。
しかもその傷の深さは間違いなく致命傷である。
だが、紂王が死んだ事とこの致命傷となる傷が、聞仲を大師(軍師)から一人の武人へと戻した。
「紂王様、私も直ぐにそちらに参ります…。」
致命傷を負った聞仲に止めを刺すべく、哪吒達が同時に仕掛ける。
しかし聞仲は禁鞭を一振りすると、八本の鞭を同時に操った。
「くっ!?」
「うおっ!?」
「いてっ!?」
「きゃっ!?」
哪吒、雷震子、黄天化、胡喜媚が追い込まれた筈の聞仲の攻撃を防ぎきれずに弾き飛ばされた。
「この傷の深さでは道士の身でも、もって四半刻(三十分)といったところだろう…。だが、その残された四半刻…我が主の魂に我が武の全てを捧げる!」
聞仲の烈迫の気合いに哪吒達は息を呑む。
禁鞭を頭上に掲げた聞仲は命をも削って、全ての魔力を禁鞭に注ぎ込むのだった。
◆
「あらん?紂王ちゃんに続いて聞仲ちゃんまで封神されちゃったのねぇん。」
戦場に似つかわしくない緩やかな雰囲気で空を見上げる妲己が、崑崙山の方向へと消え行く聞仲の魂を見ながらそう話す。
「これで残るのは私だけねぇん。妲己、寂しい。」
そう言って目頭を押さえる妲己だが、その姿を見る太公望と王貴人には欠片も余裕がなかった。
「王貴人、まだ妲己の幻術は抑えられるかのう?」
「…正直に言えばそろそろ限界だ。妲己姉様と戦いながらではそう長くはもたないだろう。」
打ち傷、切り傷を全身に負っている太公望達に対して、妲己は傷を一つも負っていない。
「もう少しなんとかなると思っていたんだがのう…。」
「私も妲己姉様の力を甘く見ていた様だ。」
己の言葉に反応が返ってこない事に妲己は頬を膨らませる。
「もう、二人共いけずねぇん。そんな二人には…お仕置きよん♡」
その言葉と共に妲己が身に纏っている長い布の形をした宝貝の
傾世元禳は真っ直ぐに突き出て太公望に襲い掛かる。
身を投げ出して太公望が避けると、傾世元禳は太公望がいた所の地面を抉った。
「なんで布で地面が抉れるのかのう?」
「うふん♡私の『布槍』は中々のものでしょう?」
「妲己姉様がこれ程の武を身につけているとは知りませんでした…。」
「千年以上前に楊ゼン様に教えていただいたのよん♡手取り足取り…とても丁寧にねん♡」
両手を頬に当てて恥じらう妲己の姿は、まるで恋する乙女の様だった。
だが、太公望も王貴人もそんな妲己に反応出来る程の余裕はない。
「王貴人、楊ゼン様というのはもしや…?」
「…お前の想像通りだ。」
「武神直々の指導を受けておったとは…道理で幻術を封じても苦戦する筈だのう。」
頭を抱えたい衝動を堪えながら、太公望は思考を巡らせる。
(儂も王貴人も、最早限界は近い。神酒を一口飲む隙すらないのではどうしようもないのう…。)
体力も『気』も魔力も、持てる全てが限界に近い現状では、如何に太公望の知略を駆使しても打つ手がない。
そんな二人に妲己は妖艶な笑みを浮かべると両手を振るい、傾世元禳を布槍として太公望と王貴人に攻撃していく。
太公望と王貴人はその身を布槍で打たれ、弾かれ、少しずつ追い詰められていく。
「王貴人ちゃん、良く頑張ったわねん。でも…そろそろ終わりにしましょう♡」
妲己の言葉にこれまでかと王貴人が覚悟する。
しかし、一本の矢が飛来して妲己の動きを制した。
「王貴人、尚、遅くなってすまない。」
赤い外套を纏ったその男の背中に太公望は安堵の息を吐き、王貴人は柔らかく微笑むのだった。
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