士郎と王貴人が黒麒麟に主人と認めさせる修行を始めてから二十年程の月日が流れた。
だが、二人は今も黒麒麟に主人と認められていない。
聞仲は仙人達の間で『純粋な武力だけで仙人に匹敵する』と称された程の武人だったからだ。
しかし、士郎と王貴人はそんな修行の日々を楽しんでいた。
殷との決戦を終えて目標を失った二人にとって、聞仲と同等以上の力を目指す日々はとてもやりがいのある日々だったのだ。
そんな二人とは別に中華でも変化は起きている。
一つは周の王である武王が退位し、その王位を長子に譲った事だ。
武王の退位を惜しむ声が多くの有力者達から上がったが、武王は自身が存命の内に王位を譲る事を望んだ。
もちろん王位を退いたからといって楽隠居出来るわけではない。
次代の王の後見人を務め、末長く中華を安寧に導かねばならないからだ。
この武王退位に並ぶ程に話題になったのが、太公望の嫁取りだ。
王家である姫一族から一人、そして周でも随一の武家といっても過言ではない黄一族から一人、太公望は嫁をもらう事になった。
これには政治的な判断も大いにあるが、いつまでも周の軍師が独り身では格好がつかないといった表向きの諸事情もあったからだ。
実際には姫昌を始めとして黄飛虎や士郎、王貴人に四不象といった者達が結託して太公望を嵌めたのだが…。
実年齢が百歳を超える自分が、まだ十代の娘を嫁にするといった話が進んでいる事に太公望は大いに頭を抱えた。
しかも、崑崙山に帰るのならその前に子を残せと言われてしまってはたまったものではない。
太公望は全力で嫁取りから逃げようとしたが、大人気ない大人達に全力で阻まれてしまった。
流石の太公望もあまりの戦力差に策を用いる事も出来ず降服するしかなかった。
だが、この嫁取り話はここでは終わらなかった。
なんと、面白がった二郎が太公望の嫁二人に不老の霊薬を渡したのだ。
後日、懐妊した嫁二人に子供が成人したら自分達も崑崙山についていくと言われた太公望は、そこで嫁二人が不老となっていた事を知って顎が外れんばかりに大口を開けて驚いた。
ここで太公望は大人気なく不貞腐れたのだが、嫁二人に慰められてからは満更でもない様子で夫婦生活を送る様になっていった。
こうして周では目出度い事が続いたのだが、その逆の事も起こるのが世の常である。
その逆の事とは…竜吉公主の寿命が尽きる日がやって来たのだ。
◆
「…いよいよのようじゃのう。」
屋敷にいる弟子や家僕との別れを済ませ、二郎真君の腕の中で最後の時を過ごしていた竜吉公主がそう言葉を溢した。
「二郎真君、お主と過ごせた数十年、妾は幸せだったのじゃ。」
「そうかい?それはよかったよ。」
「うむ、後で妲己に自慢してやるのじゃ。」
いよいよ身体に力が入らなくなってきた竜吉公主は、二郎の胸に身体を預ける。
「あぁ、暖かいのう…。」
そう言って目を瞑っていた竜吉公主は、顔に水気を感じて目を開ける。
すると、そこには一筋の涙の跡がある二郎の顔があった。
竜吉公主は手を伸ばして二郎の顔に愛しそうに触れる。
「妲己の二番煎じになってしまうが…二郎真君、悠久の時の果てに、また会おうなのじゃ。」
そう言ってゆっくりと竜吉公主が目を閉じると、彼女の身体から魂が抜けて封神台へと飛んでいく。
竜吉公主の魂を見送った二郎の目からまた一筋、涙が溢れ落ちたのだった。
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