ガウタマ・シッダールタは何者かが突如現れた事に驚いて身体を起こす。
「初めましてだね。俺はゼン。君の求めているものに興味を持ったから声を掛けさせてもらったよ。」
二郎が字を名乗るとシッダールタが目を見開いた。
「失礼ですが…貴方様は放浪の神ゼンでしょうか?」
「うん、そういう風に呼ばれる事もあるね。」
王族だった頃のシッダールタは、人々の間で語り継がれている放浪の神ゼンの事を耳にしていた。
曰く、ぶらりと現れた放浪の神ゼンは、人々が流行り病を患っているとそれを癒す薬を授けた。
曰く、ぶらりと放浪の神ゼンが現れると、荒れていた川が鎮まった。
曰く、獣が荒ぶって人々に対して悪さを続けていると、放浪の神ゼンがぶらりと現れて荒ぶる獣を退治し、その獣の肉を人々に与えた。
これらの話と二郎の容姿の特徴を知っていたシッダールタは、自然な動作で地に額をつける。
「私はガウタマ・シッダールタという者です。ゼン様、どうかお教えいただきたい事がございます。」
「なんだい?」
「私は生に苦しみを感じています…どうすればよいのでしょうか?」
シッダールタの問い掛けに二郎は首を傾げた。
「生に苦しみ?」
「はい。死への恐怖を感じて以来、私は生に苦しみを感じ続けています。とある予言者に、私は生の苦しみから抜け出す事が出来ると言われましたが、どれだけ苦行を重ねようとも抜け出す事が出来ません。どうすれば私は生の苦しみから抜け出せるのでしょうか?」
シッダールタの言葉に二郎は困った様に苦笑いをしながら頬を掻いた。
「シッダールタ、悪いけどその問いに答える事は出来ない。」
「…何故でしょうか?私が未熟者だからですか?」
「いや、君が考える死は俺にとって死ではないからだよ。」
仙人である二郎は不老の存在であり、反魂の術を用いれば自在に転生が出来る。
また、二千年以上の時を半神半人として生きてきた二郎は、前世の人だった頃の思考や価値観も完全に変わってしまっているのだ。
「そう…ですか…。」
五体を地に預けていたシッダールタは、得られぬ答えに天を仰いで心を悩ませる。
「代わりに、俺が生きてきた二千年の間に出会った人達の事を語ろうか?彼等の、彼女等の生き様を聞けば、君の求める『モノ』に至るきっかけとなるかもしれないよ?」
「おぉ!是非ともお願いします。」
再び地に額を付けたシッダールタに、二郎は酒を用意しながらかつて出会った者達の事を語り始めたのだった。
◆
『覚者』ガウタマ・シッダールタ。
仏教の開祖である彼だが、彼の逸話にも放浪の神ゼンが登場している。
その逸話の一つは次の様に綴られている。
『解脱の境地に至る為に苦行を続けるガウタマ・シッダールタの元に、ぶらりと放浪の神ゼンが降臨した。』
『解脱の境地に至れずに悩むガウタマ・シッダールタは放浪の神ゼンに生の苦しみを問い掛けるが、放浪の神ゼンはガウタマ・シッダールタに答えを教えなかった。』
『答えの代わりに放浪の神ゼンは世界を放浪して出会った英雄達の事を語り、神酒をガウタマ・シッダールタに飲ませて彼の苦行で傷付いた身体を癒した。』
『放浪の神ゼンからかつての英雄達の生き様を聞いたガウタマ・シッダールタは、額を地に付けて放浪の神ゼンに全霊の感謝を示した。』
ギルガメッシュ叙事詩に始まり、ギリシャ神話など多くの神話に登場する放浪の神ゼンが『覚者』ガウタマ・シッダールタと出会ったのは偶然ではなく必然だったのかもしれない。
何故なら苦行を続けても『解脱』の境地に至れずに思い悩んでいたガウタマ・シッタールダが、放浪の神ゼンとの出会いの後には死の恐怖に怯えずに穏やかな表情で眠りにつくことが出来たのだから…。
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