ガウタマ・シッダールタへかつての英雄達の事を語った二郎は、哮天犬に乗って中華に帰った。
シッダールタの事を天帝に話すと共に、彼と話して疑問に思った事を伯父上に聞いてみるためだ。
「今回の旅は早かったな二郎。また数年は戻らぬと思っていたのだがな。」
「ただいま戻りました伯父上。面白い苦行者と出会いましたものでその報告をと。」
「ほう?」
これまで二郎が興味を持った相手は、いずれも英雄と成りうる資質を持った者達だった。
そんな二郎が封神計画以来の興味を持った相手とあって、天帝は強く興味を惹かれた。
「彼の者の名はガウタマ・シッダールタ。詳しくはわかりませんが、予言者に生の苦しみから抜け出すと言われたそうです。」
「生の苦しみから抜け出す…か。」
天帝が神妙な雰囲気を醸し出すと、二郎は首を傾げる。
「伯父上、どうしたのですか?」
「いや、中華の長い歴史の中でも『解脱』出来た者は三清だけなのでな。人の一生でその境地に至る事が出来る資質を持つとは余程の傑物だと思ったのだ。」
「『解脱』ですか?」
「うむ、元始天尊と太上老君はその様に話しておった。」
『解脱』
一言で言えば人の持つ数多の欲から抜け出す事だ。
だが不老不死を始めとした人の願いがおおよそ叶ってしまう神秘の時代において、人が欲から抜け出す事は果てしなく難しい。
数千年以上前に『解脱』に興味を持った天帝も修行に励んだのだが、数百年の修行の後にその境地に至る事を諦めた経験があるので、人の一生でその境地に至ろうとするシッダールタに興味を持ったのだ。
「もし『解脱』の事を聞きたければ太上老君の所に行くとよかろう。」
「わかりました。士郎と王貴人に会ったら、老師の所に行ってみます。」
「ふむ…二郎よ、お前も『解脱』するつもりか?」
天帝の問い掛けに二郎は即座に首を横に振った。
「俺は俺の思うがままに生きますよ。その方が楽しそうですからね。」
「ハッハッハッ!それでよい!それでこそ我が外甥よ!」
二郎の返事に天帝が上機嫌に笑うと、また何かあるのかと部下達が身構えたのだった。
◆
天帝に士郎達が蛟退治に向かった場所を聞いた二郎は、哮天犬に乗ってそこに向かった。
そしてその場所にたどり着くと、そこには完全に龍へと変じた三匹の蛟を相手に苦戦をしている王夫妻の姿があった。
「おや?士郎と王貴人は随分と苦戦しているみたいだね。」
「クゥ~ン。」
士郎と王貴人は見事な連携で三匹の龍と戦っていたが、龍達は不死性を前面に押し出して二人に息を付く暇も与えない猛攻を続けていた。
「う~ん、二人の成長の為には見守るのが一番なんだけど…士郎には聞きたい事があるからなぁ。」
頬を掻きながらそう言うと、二郎は少しだけ考えた後に笑みを浮かべた。
「うん、一匹ぐらいなら間引いても問題ないか。それに、久しぶりに龍の肉を使って料理を作りたいからね。」
「ワンッ!」
龍の肉を使った料理と聞いて、哮天犬は千切れんばかりに尻尾を振る。
「それじゃ、一匹だけ間引こうか。」
「ワンッ!」
何気無い日常の雰囲気を纏ったまま、二郎は殺伐とした戦場に向かうのだった。
◆
「士郎!大丈夫か!?」
「あぁ!問題ない!」
黒麒麟に認められる程の力を身に付けた士郎と王貴人は一対一ならば龍が相手でも引けは取らない。
だが、三匹目が要所で戦いに介入してくる事で二人は苦戦を強いられているのだ。
「あの後ろに退いている一匹をなんとかしなければじり貧だな。」
「確かにそうだが、今は弓で近くの村に行かない様に牽制するのが精一杯だ。」
三匹の龍を相手にするのも大変だが、それ以上に人を喰らおうとする三匹目の龍を村に行かせないために意識を割いている事で、士郎と王貴人は力を存分に振るう事が出来ないのだ。
僅かな隙を見付ければ状況を打開する力を持つ二人だが、それを感じ取っている狡猾な龍達は決して無理をしない。
現状ではこのまま戦い続けるしかないかと士郎と王貴人が覚悟を決めたその時、三匹の龍達は恐怖の感情が込められた雄叫びを上げた。
龍達に警戒をしながらも士郎と王貴人は龍達の恐怖の原因を探る。
すると、虚空から一人の男と一匹の神獣が姿を現す。
二郎と哮天犬だ。
「士郎、王貴人、久しぶりに龍の肉を使った料理を作りたいから一匹貰うよ。」
涼やかな雰囲気すら感じさせる声色でそう言うと、二郎は哮天犬の背を下りて空を歩き、三匹目の龍の元へと向かう。
三匹目の龍は威嚇する様に雄叫びを上げたが、二郎は欠片も動揺しなかった。
そして士郎と王貴人が二郎の登場に驚いて瞬きをした刹那、二郎は一切の予備動作もなく瞬動で龍の懐に踏み込むと、崩拳の一撃で不死の力を持つ龍の命を刈り取ってしまった。
「それじゃ、こいつの肉を使った料理を作って待ってるから、終わったら俺の廓に来てね。」
討伐した龍を蔵にしまった二郎は哮天犬の背に乗ると、虚空へと姿を消す。
あっという間の出来事に、士郎と王貴人は唖然とした。
「二郎真君様の武は相も変わらず果てが見えないな…。」
「黒麒麟に認められて少しは近付けたと思ったが、逆にその遠さを明確に思い知っただけか…。」
顔を見合わせて苦笑いをした二人は、一つ息を吐いてから恐怖で混乱している龍へと目を向ける。
「士郎、急ぐぞ。二郎真君様が御自ら手料理を振る舞ってくださるのだからな。」
「王貴人、やはり君も老師の料理の方がいいのかね?」
「拗ねるな、バカ者。まぁ、そんな士郎も可愛いと思うがな。」
可愛いと言われて士郎が微妙な表情をすると、王貴人はクスッと笑いながら龍へと仕掛けるのだった。
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