菩提樹の下で『解脱』の境地に至る為に瞑想を始めたシッダールタの元に、一柱の御立派な姿をした神が現れていた。
「くっ!去れ、マーラよ!」
「グワッハッハッハッ!シッダールタよ、汝が『解脱』を諦めぬ限り我は幻術を掛け続ける。何回戦連続だろうと構わぬわ!さぁ、イクぞ!」
シッダールタに淫猥な幻術を掛けているこの御立派な姿をした神の名は『マーラ』という。
男性の象徴を象った姿形を持ったこの神は『性欲』を司る神である。
そんなマーラが全力で淫猥な幻術を掛けているのに抗う事が出来るシッダールタの精神力たるや、正に彼が二郎から聞いた英雄達に匹敵すると言っても過言ではないだろう。
シッダールタとマーラの攻防は一昼夜を超えてもまだ続いていく。
「去れ!去るのだ、マーラよ!」
「グワッハッハッハッ!夜通しだろうと我は萎えはせぬわ!」
『解脱』の境地へ至ろうとするシッダールタと至らせぬと邪魔をするマーラ。
そんな一人と一柱の争いを止める者が虚空より現れる。
「シッダールタとマーラ、いったい何をしてるんだい?」
二郎にそう声を掛けられたシッダールタとマーラは、同時に二郎の方へと目を向けたのだった。
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「グワッハッハッハッ!流石はゼンの造った神酒!一口でギンギンにみなぎってきおったわ!」
御立派な御体をそそり立たせたマーラが豪快に笑う。
「ゼン様、マーラをご存知なのですか?」
「うん、マーラとは二千年以上前からの知己だね。」
二郎が妲己を始めとした女性達との修行で房中術を極めた時に、マーラは二郎を祝福する為に雄々しく虚空を突き破って降臨したのだが、使い等を寄越さずにいきなり崑崙山に乱入したので一騒動になった事があるのだ。
「『これ』と知己ですか…。」
「シッダールタはマーラが『解脱』の境地へ至るのを邪魔するから毛嫌いしているみたいだけど、これでもマーラは世界中で信仰されている神なんだよ。」
「うむ!我にもゼンと同じく敬称をつけて崇めるがよい!」
『性欲』を司る神であるマーラは、子宝を授ける神として世界中の人に信仰されているのだ。
「ところで、なんでマーラはシッダールタの邪魔をしていたんだい?」
「ゼンよ、それは人が『解脱』すると我の存在意義に関わるからだ。」
『解脱』とは生の苦しみから解き放たれる事であり、人の持つ欲から解き放たれる事でもある。
人の欲…つまりそれにはマーラが司る『性欲』も含まれているのだ。
「かつて英雄の王が人の世を切り開いた様に、シッダールタが『解脱』をすれば人々がそれに続く可能性がある。我は人々の『性欲』で成り立っている存在であるからして、シッダールタが『解脱』をする事は死活問題になりかねんのだ!」
雄々しく反り立ちながら力説するマーラの姿に二郎は苦笑いをする。
「大袈裟と言いたいところだけど、ギルガメッシュを前例に出されると否定出来ないね。」
「であろう?かつての時代に、神々の中で人の世が来ると思っていた者などおらんかったからな。」
二郎とマーラの話を、シッダールタは神酒を口にしながら聞いていく。
マーラは忌むべき存在だが、二郎とする話は『解脱』の境地への助けになるかもしれないからだ。
「というわけでだ…ゼンよ、我とシッダールタの戦いの邪魔をしてくれるなよ?」
「邪魔はしないよ、見物はするけどね。」
『性欲』を司るマーラの権能による幻術を、シッダールタが抗えている事に二郎は感心していた。
それは妲己の幻術に抗う事に近いからだ。
「ゼンの邪魔が入らぬとあれば恐れる事はナニもない!シッダールタよ、神酒を味わい一夜が明けたら二回戦目とイこうか!」
「去れ、マーラよ!」
「グワッハッハッハッ!つれない事を言うではないか!」
一夜が明けるとマーラは言葉通りにシッダールタに幻術を掛けていく。
その幻術にシッダールタが瞑想をしながら耐えていくと、二郎は面白そうに微笑みながらシッダールタとマーラの戦いを見物していくのだった。
これで本日の投稿は終わりです。
また来週お会いしましょう。