第154話
シッダールタが『涅槃』に入ってから三百年程の月日が流れた。
その間、王夫妻の頑張りのおかげで中華でやる事が無い二郎は、世界中を回っていた。
ある時は屈強な軍がいるという噂を聞いてスパルタと呼ばれる者達を見に行ったら、野太い声による狂宴が聞こえてきたので、噂を聞かなかった事にして中華に帰った。
またある時はスパルタを打ち破ったという神聖隊の噂を聞いて見に行けば、いつぞやの様に野太い声による狂宴が聞こえてきたので、たまたま近くの海で船を襲っていたクラーケンを狩って帰った。
そしてまたある時はマケドニアに戦の天才と噂される王がいると聞いて見に行ってみた。
噂の王であるイスカンダルは、その噂通りに戦に天賦の才を持つと二郎は評した。
イスカンダルに興味を持った二郎は会ってみるかと思ったのだが、イスカンダルが戦勝の宴の後に身の回りの世話をしていた中性的な顔立ちをした少年の肩を抱いて陣幕に連れ込んだので、二郎はげんなりしながら中華に帰っていった。
そんなイスカンダルの見物から二郎が中華に帰った時、二郎は天帝に宮へと呼び出されたのだった。
◆
「伯父上、只今参りました。」
「おぉ、待っておったぞ、二郎。」
「使者からは、何やら中華の天界を騒がしている輩がいると聞いたのですが?」
「うむ、其奴の事を二郎に頼みたいのだ。」
頷いた天帝は神水を一口飲んでから話し出す。
「中華の天界を騒がしている者は『孫悟空』というのだが、こやつは我の軍だけでなく『梅山六兄弟』をも退ける程の力を持っているのだ。」
「伯父上の軍だけでなく彼等をも退ける程の力ですか?」
梅山六兄弟は康・張・姚・李・郭申・直健の六人で二郎と義兄弟となっている者達である。
武神である二郎の義兄弟であるだけあって拳法に傾倒した道士なのだが、その拳法の腕前は二郎の弟子になる前の士郎と同等ぐらいであろうか。
梅山六兄弟の一人だけならまだしも、六人全員を退ける力がある孫悟空に二郎は興味を持った。
二郎はニコニコと微笑ながら天帝の話の続きを待つ。
「ところで二郎よ、竜吉公主の事を覚えておるか?」
「はい、もちろん覚えていますよ。」
「うむ、孫悟空なのだが…こやつは竜吉公主に近い存在なのだ。」
「どういうことですか?」
首を傾げながら問う二郎に、天帝はため息を吐いてから答える。
「近年、周王朝が危ういのは知っているか?」
「士郎と王貴人から話だけは聞いています。」
「うむ。それで王夫妻は忙しくなって蛟や邪仙討伐まで手が回らなくなっていたのだが、その隙をついて邪仙の一人が孫悟空を造り出したのだ。」
竜吉公主を造り出した者の中で天帝の軍の追撃から逃げ延びた邪仙が、孫悟空を造り出したと天帝は話していく。
「孫悟空は生まれながらの仙人でありながら猿の精霊の力も宿しておる。それ故に生まれてから僅か十年程で並みの道士では歯が立たない力を有している。だが孫悟空はまだ子供だ。それ故に善悪の事が分からないので色々とヤンチャをしておるだけなのだ。」
孫悟空は宝貝である『如意金箍棒』を奪ったり、太上老君の蔵から不死の霊薬を盗んだりしている。
他にも孫悟空は花果山を拠点として方々で色々とヤンチャをしてきたので大きな騒ぎになっているのだが、天帝が言う通りに悪意を持って悪さをしているわけではない。
それを知るが故に天帝は孫悟空を討伐せずに捕らえようと軍と梅山六兄弟を動かしたのだが、肝心の軍と梅山六兄弟は孫悟空に負けて逃げて来てしまった。
そこで天帝は二郎を呼び出し、孫悟空捕獲の任を与える事にしたのだ。
「お話はわかりました。ところで、孫悟空を造り出した邪仙はどうなってるのですか?」
「そやつは既に捕らえて罰しておる。二郎は孫悟空の捕獲に専念してくれればよい。」
天帝から孫悟空捕獲の任を請け負った二郎は、中華の最高神である天帝の軍と義兄弟である梅山六兄弟を退けた孫悟空の力に思いを馳せて笑みを浮かべる。
まるで恋人との逢い引きに向かう様な二郎の様子に、天帝は苦笑いをしたのだった。
これで本日の投稿は終わりです。
紀元100年~と章題がなっていますが、話の始まりは春秋戦国時代辺りからです。
また来週お会いしましょう。