「でりゃぁぁあああ!」
悟空が如意金箍棒を全力で振り下ろす。
しかし二郎は振り下ろされる如意金箍棒の側面に手の甲を当てると、手の平を返す回転で力の向きを逸らす。
「うわっ!?」
ドガッと爆発した様な音と共に地面が爆ぜると、急に力の向きを逸らされた悟空が驚いた様な声を出した。
(膂力はアルケイデスに匹敵するかな?技術は未熟の一言に尽きるけど、これなら鈍りに鈍った梅山六兄弟では勝てなくても無理はないか。)
悟空の一撃を逸らす際に感じた圧力から、二郎は悟空の力量のおおよそを察した。
「今のはなんだぁ?」
「悟空の力の向きを逸らしただけだよ。」
「力の向き?」
「まぁ、拳法の技術ってところかな。」
二郎の返答に悟空は感心した様に声を上げる。
「へぇ~、二郎真君は強いんだな。」
「これでも中華では武神と呼ばれているからね。」
「そうなのか?へへっ、でも俺が勝てば、俺が武神だよな!」
武神の二つ名を聞いてやる気が増した悟空は、力任せにどんどん如意金箍棒を振り回していく。
その悟空の全ての攻撃を、二郎は危なげなく片手で捌いていった。
「凄いな、二郎真君!俺の攻撃がこんなに当たらないのは初めてだ!」
「そうかい?俺の弟子も悟空の攻撃を防ぐ程度なら出来ると思うよ。」
「へ~、そいつも強いんだな。」
封神計画からおよそ八百年程の月日が流れたが、その間も弛まずに鍛練を続けた士郎は、神代の時代においても一流の英雄と呼べる力量を身に付けている。
もっともそんな士郎すら軽くあしらってしまえる二郎は、正に武神と呼ばれるに相応しい存在だろう。
「さて、そろそろ俺も攻撃しようかな。」
三百を数える悟空の攻撃を掠り傷一つ負わずに捌いた二郎は、一切の予備動作無しで踏み込む。
そして一歩崩拳の一撃を見舞うと、悟空は地面と平行に飛んでいった。
「おっと、少し加減を間違えたかな?一撃で十度も殺してしまった。」
太上老君の蔵から不老の霊薬や不死の霊薬を盗んで大量に服用している悟空は、鋼の様な不死の肉体に加えて百を数える命を持っている。
それ故に二郎は深く考えずに崩拳を放ったのだが、二郎も士郎と同様に拳法の修行を続けて成長をしていたので、二郎自身が思ったよりも悟空を多く殺してしまったのだ。
飛んでいった悟空が地面を転がると、少しの間が空いてから身体が光る。
そして光が収まると、二郎の崩拳で死んでいた悟空が復活してガバリと勢い良く身体を起こした。
「うわっ!?あれ?痛くない?」
「おや?数多の命を持っているのに死んだのは初めてなのかい?」
「え?俺、死んだの?」
死んだと気付いた悟空は顔を青ざめる。
「い、嫌だ!死ぬのは嫌だ!」
二郎が己を殺せる者だと知った悟空からは戦意が完全に失われていた。
(もう少し楽しめると思っていたんだけどなぁ…。)
まさか崩拳の一撃で戦意を失うと思っていなかった二郎は、頬を掻いて苦笑いをする。
「さて、後は伯父上のところに連れていくだけなんだけど、悟空は服を汚しちゃったみたいだし、一度俺の廓に連れていって着替えさせようか。」
二郎は死を恐れて泣き喚く悟空を宥めながら、哮天犬と共に己の廓に向かうのだった。
◆
『西遊記』
現代においても非常に知名度の高い中華の物語である。
この西遊記の主要人物の一人に孫悟空という者がいるのだが、その孫悟空の逸話の一つに中華の武神である二郎真君が登場している。
西遊記の物語の序盤、悟空は古代中華の方々で盗みを働いたりと悪さをしていたのだが、それを見咎めた天帝が孫悟空を懲らしめる為に、一軍と共に二郎真君の義兄弟であった梅山六兄弟を送り出している。
しかし天帝の軍と梅山六兄弟は孫悟空の怪力と、その怪力によって振るわれる如意金箍棒であっけなくあしらわれてしまった。
そこで天帝は孫悟空を懲らしめる為に中華最強の武神である二郎真君に孫悟空捕獲の任を与える。
孫悟空捕獲の任を受けた二郎真君が孫悟空の拠点である花果山に乗り込むと、二郎真君と孫悟空の戦いが始まった。
孫悟空は如意金箍棒を振るい良く戦ったが武神には及ばず、三百合の打ち合いの果てに捕らわれてしまったのだ。
以上の様な形で現代日本では知られている事が多い孫悟空の逸話だが、これは翻訳されたものを元にした創作である。
原本における孫悟空と二郎真君の戦いは孫悟空が手も足も出ずに二郎真君に敗れたとあるのだ。
『西遊記』
非常に魅力ある人物が多く登場する物語だが、その中でも孫悟空は後世における創作で活躍を望まれる程に高い人気を誇ったのだった。
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