「グワッハッハッハッ!ゼンよ、『涅槃』によくぞ参った!我は歓迎するぞ!」
二郎が哮天犬に乗って『涅槃』に赴くとそこにはシッダールタだけでなく、御立派な身体をそそり立たせたマーラの姿があった。
「マーラ、なんで君も『涅槃』にいるんだい?」
「数百年経とうとも誰一人として『解脱』をして『涅槃』に入った者がおらぬからな。シッダールタも寂しかろうと気遣ってやっておるのだ!」
「去れ、マーラよ!」
幾度繰り返したかわからない言葉に、シッダールタからは表情が抜け落ちていた。
「ところでゼン様、何用で『涅槃』にいらっしゃったのですか?」
もはや御立派な神をいないものとしてシッダールタが話出す。
「シッダールタに死への恐怖について話をしてもらいたい者がいてね。」
「ほう?詳しく聞かせていただけますか?」
合掌をして柔和な笑みを浮かべたシッダールタに、二郎は孫悟空の事を話した。
「なるほど…死を怖れて外にも出られない程ですか。」
「悟空に猿の精霊の力があるのも関係しているだろうね。」
孫悟空は邪仙に造られた存在である。
孫悟空が造られる際に猿の精霊の力を与えられたのだが、その猿の精霊の力の影響で孫悟空は人一倍本能が強い。
その人一倍強い本能は時に野生の獣の様な直感を発揮するのだが、その反面として人一倍死に恐怖する様になってしまったのだ。
「ゼン様、私はどこに向かえばよろしいのですか?」
「『桃源郷』だね。シッダールタが悟空に話を聞かせている時に、その話を崑崙山を始めとした場所にいる他の道士が聞いたらその道士が君の教えに鞍替えするかもしれない。俺は他の道士がどの『道』を歩もうが構わないけど、地上の人々の様に信仰の違いで中華の天界に戦を起こされたら伯父上が困るからね。」
まだ神が地上を支配していた時代から人々は信仰の違いで争いを起こしてきた。
それは元が同じ信仰でも宗派の違いで起こる事もある。
己の弟子達も同じ様に争いを起こしたが故に、シッダールタは二郎の言葉に五体投地で謝罪した。
「その節はご迷惑をおかけしました。」
「グワッハッハッハッ!我は許すぞ、シッダールタよ!」
「去れ、マーラよ!」
何故か割り込んできた御立派な神に、シッダールタは柔和な微笑みのままコメカミに青筋を浮かべた。
「それじゃ、桃源郷に向かおうか。」
「はい。」
「マーラ、君はどうするんだい?」
「常春の楽園は我の敏感な肌に合わんのでな。遠慮させてもらおう。」
『性欲』を司るマーラは人々の欲望が満たされる理想郷よりも、満たされぬ事で欲望が高まる地上を好んでいる。
それ故にマーラは桃源郷に行くことを断ったのだ。
桃源郷行きを断った御立派な神は『涅槃』の虚空を雄々しく突き破ると、高笑いをしながら地上に向かったのだった。
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『桃源郷』
古代中華の物語に度々登場する常春の理想郷である。
いつから存在したのかは不確かだが少なくとも封神演義に登場している事から、かの時代よりも前から存在している事は確かだろう。
この桃源郷は『西遊記』にも登場しており、孫悟空を改心させる為に御釈迦様が訪れたと綴られている。
『桃源郷』
一説では中華の武神である二郎真君が造ったとされているが、真偽の程は定かではない。
これで本日の投稿は終わりです。
また来週お会いしましょう。