「楊ゼン様ぁ、お会いしたかったわぁん♡」
「二郎真君、妾も会いたかったのじゃ!」
桃源郷に二郎とシッダールタが訪れると、妲己と竜吉公主が二郎の胸に飛び込んだ。
「久しぶりだね、二人共。」
二郎が二人に微笑んでから周囲を見渡すと、姫昌を始めとしたかつての英雄達が片膝を地について包拳礼をしていた。
「姫昌と伯邑考も久しぶりだね。後、天化以外は初めてになるのかな?」
二郎の言葉を受けて紂王が声を上げる。
「二郎真君様、御目に掛かれて光栄でございます!そして女媧様に無礼を働いた私をこの桃源郷に招いていただいた事、深く感謝御礼を申し上げます!」
深く頭を下げる紂王と聞仲を見て二郎が微笑む。
「紂王と聞仲の二人共に愚かと言える時期はあったけど、その最後は英雄と評するに相応しいものだったからね。」
「…ありがたき御言葉。」
紂王と聞仲は身を震わせながら感涙に耐えた。
「天化も久しぶりだね。」
「桃源郷に来てから親父に二郎真君様に鍛えていただいたと自慢しました。」
「そうかい。少しは驚いて貰えたのかな?」
「驚いたなんてもんじゃありませんぜ、二郎真君様。」
ニッと笑顔の黄天化に対して黄飛虎は苦笑いだ。
「さて、皆ともう少し話をするのも悪くないんだけど、悟空はどこにいるのかな?」
「あちらの桃の木の下で仙桃を食べていますわん。」
妲己に腕を引かれて歩き出す二郎の後ろにシッダールタが続く。
「ところで二郎真君、後ろの男は誰じゃ?」
「彼はガウタマ・シッダールタ。人の一生で『解脱』を果たした『覚者』だよ。」
『解脱』を知る道士や仙人である妲己、竜吉公主、聞仲は驚きの表情を浮かべるが、その他の者達は首を傾げた。
「もし『解脱』が気になるのなら、悟空と一緒にシッダールタの話を聞いてみるといいよ。」
二郎を始めとした一行は、大きな桃の木の下で周囲に怯えながら仙桃を口にする悟空の元に辿り着く。
怯えながら仙桃を口にする悟空を見たシッダールタは、悟空を安心させる様に微笑みながら歩みよる。
そして悟空の近くで腰を下ろすと、柔らかに微笑みながら語り掛けた。
「私はガウタマ・シッダールタといいます。貴方の名を教えて貰えますか?」
「お、俺、孫、悟空…。」
「悟空と呼ばせてもらいますね。悟空、少し私の話を聞いていただけますか?」
怯えながらも悟空が頷くと、シッダールタは耳目を惹き付ける様な声で話し始めた。
「ある所に一人の男がいました。その男はとある国の王族だったのですが、大人になるまで世の汚いものから遠ざけられて生きていました。」
シッダールタが語り始めると、悟空から少しずつ怯えが消えていった。
そして悟空から完全に怯えが消えて夢中になってシッダールタの話を聞き始めた時、姫昌や紂王といった道士や仙人ではない者達も、悟空の様に夢中になってシッダールタの話を聞いていた。
「幻術…ではないわねぇん。」
「うむ、声と言葉だけで人を惹き付けておるのじゃ。もしこの者が王として在ったならば、中華全土を僅か十年足らずで統べてしまうやもしれぬな。」
妲己と竜吉公主はシッダールタのカリスマ性に気付くと、内心で畏怖と称賛を送った。
しばらくの間シッダールタの話を聞いていくと悟空の目に生気が宿り、そして輝き始める。
「それでそれで、そいつはどうなったんだ?」
「とある放浪の神と出会い、その放浪の神が出会った英雄達の話を聞きました。そこでその男は死だけでなく、生にも目を向ける様になったのです。」
「生にも?」
不思議そうに首を傾げる悟空に、シッダールタは生と死について説き始める。
その話を聞いていた姫昌や紂王、黄飛虎は感心の声を上げた。
「人を惹き付けるあの魅力…悪意がない分だけ性質が悪い。」
「そうじゃのう。あれは他者の人生観すら変えてしまう。」
「二人共真面目ねぇん、私は面白いと思うわよん♡。」
「妲己は中華を惑わして振り回したからそう言えるのじゃ。」
聞仲がシッダールタを危険視するとそれに竜吉公主が同意する。
しかし妲己は二郎が招いたシッダールタを面白そうに観察している。
各自色々な思いを抱きながら話を聞き続けていると、シッダールタの話は終わった。
シッダールタの話を聞き終えた悟空は感心のため息を溢す。
そして…。
「俺も、死ぬのを受け入れられるかな?生きるのを楽しめる様になるかな?」
「悟空、それは貴方次第です。」
悟空の問い掛けに、シッダールタは柔らかな笑みで答えていく。
「貴方が望むなら、私は貴方に教えを説きましょう。それで貴方が貴方の望むものを得られるかはわかりませんが、私は私の出来る限りで貴方に応えますよ。」
シッダールタが合掌をすると、悟空は自然に合掌をして頭を下げていたのだった。
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『覚者と孫悟空』
西遊記には御釈迦様が孫悟空に説法をする場面がある。
この説法に感銘を受けた孫悟空は、この後に御釈迦様に弟子入りをして修行に励んでいる。
『覚者と孫悟空』
中華を騒がせた悪者であった孫悟空が改心をするこの一事は、当時の大小の戦乱が絶えなかった時代に蔓延っていた賊を揶揄するものなのではという一説があるが、その真偽は定かではない。
本日は5話投稿します。
次の投稿は9:00の予定です。