二郎になりました…真君って何?   作:ネコガミ

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本日投稿2話目です。


第161話

シッダールタを桃源郷に連れていってから十日後、二郎は中華の地に戻った。

 

十日も桃源郷で何をしていたのかは、地上に戻った二郎を御立派な神が祝福をしに現れた事から察しがつくだろう。

 

二郎が中華の地に戻ってから数十年後、周王朝が終わりを迎えた。

 

士郎と王貴人が周到に準備を重ねていた事で姫一族や姜一族、そして黄一族は滅びなかったが、八百年以上続いた王朝の終わりに士郎と王貴人は寂しさを感じていた。

 

八百年以上続いた周王朝を終わらせた秦の王は、自らを始皇帝と名乗った。

 

始皇帝の政で秦王朝が始まったが、秦王朝は長続きしなかった。

 

始皇帝が没すると、中華の各地にいる有力者達が次々に立ち上がったのだ。

 

有力者達が争い淘汰されていくと、中華の覇権を争う英雄は項羽と劉邦という男の二人に絞られた。

 

殷周革命時の英雄の様な圧倒的力を持つ項羽と人を惹き付ける魅力を持つ劉邦の争いは、項羽の連戦連勝で進んでいった。

 

度重なる連勝に中華の覇権を確信する項羽陣営と、度重なる敗戦に士気が下がっているかの様に見える劉邦陣営。

 

中華の争いを眺めていた多くの道士や仙人達が、次代の覇者は項羽だと予想した。

 

しかし、その予想は裏切られることになる。

 

何故なら、劉邦がたった一度の勝利で中華の覇権を掴み取ったからだ。

 

この結果に道士や仙人達だけでなく、天帝や三清までもが驚いた。

 

項羽を破り皇帝の座についた劉邦は新たな王朝を『漢』と名付けた。

 

人を惹き付ける魅力を持つ劉邦は良き皇帝となると中華の人々は思った。

 

しかし、劉邦の政は臣下の力を落とすところから始まった。

 

劉邦陣営の将軍であった韓信は、その能力と武名から劉邦以上に中華の民の人気があった。

 

これに嫉妬したとある者が、劉邦に韓信は謀叛を企んでいると囁いた。

 

誰よりも韓信の力を知る劉邦は、韓信を怖れて将軍の座を剥奪して地方の小役人に落とした。

 

突如栄光の日々から引き摺り落とされた韓信だが、彼は与えられた役割を全うして民からの支持を得ていった。

 

権力や兵を奪っても衰えぬ韓信の人気に、とある者がまた劉邦に囁いた。

 

劉邦はその者の囁きを真に受けて、直ぐに軍を韓信の元に向けた。

 

多勢の兵に囲まれた韓信は民の安全と引き換えに、無抵抗で兵に縄を打たれた。

 

この韓信の姿に感銘を受けた多くの兵や将から韓信の助命を嘆願されたが、兵や将の助命嘆願に更に嫉妬したとある者は劉邦に韓信の処刑を囁いた。

 

直ぐに処刑が実行されると韓信は粛々とした態度で処刑を受け入れた。

 

そんな韓信の姿に中華の多くの者が涙した。

 

大功ある韓信すら容赦なく蹴落とす劉邦の回りには、劉邦に胡麻すりをして出世を目論む者や御機嫌伺いをして甘い蜜を狙う者ばかりが集まっていった。

 

逆に見識を持った有能な者は劉邦から離れていった。

 

やがて漢王朝の中枢では付け届けや賄賂が横行するのが当たり前になっていく。

 

そして月日が流れ、劉邦にも終わりの時がやって来たのだった。

 

 

 

 

「皆、席を外してくれ…。」

 

寝台の上で力なく横たわる劉邦から、醜悪な笑みを浮かべる者達が離れていく。

 

劉邦は一心地ついた様に息を吐いた。

 

「項羽程の英雄でもたった一度の敗戦で全てを失う…。項羽や韓信の様に才の無いおいらが負けない為には、力を奪うしかなかった…。」

 

一代で皇帝へと成り上がった劉邦だが、その心は劣等感に占められていた。

 

古の時代の英雄の様に戦場の最前線を駆け回る項羽と、優秀な仲間達に担ぎ上げられているだけの自分。

 

その差に若き日の劉邦は、項羽に幾度となく羨望の眼差しを送っていた。

 

「すまねぇ韓信…あいつの言葉は嘘だってわかってた。でもよ、おいらはお前にびびっちまったんだ。」

 

幾度も敗戦を重ねたが、韓信は圧倒的な力で暴れまわる項羽を相手に、軍を縦横無尽に動かす戦術で真っ向から渡り合ってみせた。

 

そんな韓信の姿は劉邦の目に殷周時代の軍師である太公望の様に映ったのだ。

 

「おいらには韓信や項羽の様な才は一つもない…。ただ、ほんの少しだけ運が良かっただけさ。」

 

数多の人々を集める魅力も立派な英雄の才なのだが、劣等感に苛まれている劉邦は気付かない。

 

「おいらは桃源郷に行けねぇだろうな…。まぁ、それは構わねぇ。恩を忘れた外道だもんな。」

 

いつしか中華の人々の間で英雄に相応しき者は、二郎真君に桃源郷に招かれるという噂が広まっていた。

 

苦笑いをした劉邦は目に涙を浮かべた。

 

「二郎真君様よぉ…もし見ているなら韓信の奴を桃源郷に召し上げてやっちゃくれねぇか?あいつはいい奴なんだ。おいらなんかにはもったいねぇ程の英雄だったんだよぉ…。」

 

孤独な寝室に呟きが響き渡ると、劉邦の脳裏にかつて共に在った仲間達の姿が過る。

 

劉邦の目から留めなく涙が溢れだした。

 

「ふぐっ、うっ…すまねぇ、皆、おいら…馬鹿な王様になっちまったよ…。」

 

流せど流せど止まることのない涙が寝台を濡らしていく。

 

「もう一度…もう一度皆に会いてぇ…会って謝りてぇ…。」

 

嗚咽と共に溢された言葉が寝室に響き渡る。

 

すると…虚空から一人の男が姿を現した。

 

 

 

 

翌日、劉邦の親族によって冷たくなっていた劉邦の姿が発見された。

 

劉邦の顔には涙の後が残されていたが、その表情はとても安らかなものなのであった。




次の投稿は11:00の予定です。

うろ覚えの知識を妄想で補完しているので歴史捏造しまくっていると思いますが、生暖かい目でお楽しみください。

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