中華の王朝が漢王朝になってから幾年月が流れると、漢王朝に腐敗が蔓延し始めた。
重税により飢える民と贅を楽しむ役人の対比に、中華の人々の間に不満が積もっていく。
そういった時代に一人の仏僧が旅の準備を始めていた。
荒れる民心を救う為に、聖地に経典を取りに行こうと考えたのだ。
そんな仏僧の存在を知った天帝はシッダールタの元で修行をしていた孫悟空を呼び戻すと、罪を償う為と称して仏僧の旅の助けを命じたのだった。
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「なぁ、二郎真君。俺はこの洞穴で待ってるだけでいいのか?」
「うん、そうだよ。」
「玄奘三蔵って奴は女なんだろ?ここまでこれるのか?」
「シッダールタが夢枕に立って導くらしいから、大丈夫だと思うよ。」
二郎がそう言うと、悟空は頭に嵌まっている輪っかが気になるのか手を触れる。
「仙術のほとんどが封印されているのは不安だなぁ。」
「対外的な名目は悟空の罪を償うことだからね。仙術を使って楽をしたら示しがつかないのさ。」
悟空の力を封じている頭の輪っかは『緊箍児(きんこじ)』という宝貝である。
この宝貝は力を封じるだけでなく、経を唱える事で縮まり身に付けている者の頭を締め付けるのである。
言うなれば、かつて罪を犯した悟空につけた枷といったところだ。
もっとも、シッダールタの弟子となって修行をした悟空は既に中華の天界における善悪について理解しており、かつて行った自身の行動を反省している。
そして死への恐怖も完全に克服したわけではないが、それでも戦える程度には成長したのだ。
「なぁ、二郎真君。俺はどれぐらいここで待ってればいいんだ?」
「二、三年ってところかな。」
「うわぁ、そんなに待ってたら腹が減っちゃうよ。」
「適当に差し入れは持ってくるよ。だからのんびりと待っていてくれ。」
そう言って二郎が虚空に姿を消すと、悟空はゴロンと寝転んだ。
「旅かぁ…そういえば中華の外に出るのは初めてだ。旨いもの一杯あるかな?」
まだ見ぬ異国の食べ物に思いを馳せた悟空は、静かに寝息をたて始めたのだった。
◆
「御仏の御告げによればこの辺りの筈ですが…。」
とある岩山に一人の女性が訪れている。
この女性は玄奘三蔵という者で、仏教を信仰している僧である。
彼女は荒れる民心を治める為に経典を求めて天竺と呼ばれている所まで旅をしようとしているのだが、その旅を始めた夜にシッダールタが夢枕に立ったのだ。
「この辺りにある洞穴にかつて罪を犯した罪人が閉じ込められているので、その者を旅の共として連れていき罪を償わせよと告げられましたが…この様な場所に閉じ込められるとはどんな者なのでしょうか?」
三蔵の脳裏には筋骨隆々のごつい男の姿が思い浮かぶ。
「経を唱えればその者の動きを制する事が出来ると御仏に言われましたが、それでも不安を感じるのは私の修行不足なのでしょうね。」
合掌をして精神を整えると、三蔵は改めて周囲を見渡す。
「あっ、あそこに洞穴らしきものがありますね。行ってみましょう。」
洞穴に足を運んだ三蔵は木格子が取り付けられている洞穴の中に声を掛ける。
「もし、誰かいらっしゃいますか?」
三蔵の声に反応して洞穴の中で影が動き出す。
身構えた三蔵は影の正体を確かめようと目を凝らした。
「う~ん…誰?」
寝惚けた様な声色に三蔵が更に目を凝らす。
すると、三蔵は目を見開いた。
「何故、この様な少年がこんなところに…?」
三蔵が目にしたのは想像とは違う十代前半程に見える可愛らしい顔立ちをした美少年である。
木格子に近寄った三蔵は洞穴に閉じ込められている少年に声を掛けた。
「貴方は何故ここに閉じ込められているのですか?」
「う~ん?あんた誰?」
「私は玄奘三蔵。経典を求めて天竺へと旅をしている仏僧です。」
三蔵が名乗ると、少年は花開いた様な笑顔を見せた。
「あんたが玄奘三蔵か!俺、孫悟空!あんたをずっと待ってたんだ!」
悟空の笑顔に一瞬見惚れた三蔵だが、続く悟空の言葉に驚きの表情を浮かべたのだった。
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『玄奘三蔵』
『西遊記』に登場する主要人物の一人である。
当時、荒れていた民心を治めるべく経典を求めて天竺への旅を始めた玄奘三蔵の夢枕に、御釈迦様が現れて御告げをしたというエピソードがある。
その御告げに導かれた玄奘三蔵は、天帝から受けた罰で洞穴に閉じ込められていた孫悟空と邂逅した。
『玄奘三蔵』
女性であったという一説があるが、当時の荒れていた中華の情勢を考えると女性の身で旅をするのは危険極まりない事なので、現代においてこの一説は否定的な意見が多いのであった。
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