「それじゃしばらく中華のことを頼んだよ、士郎、王貴人。」
そう言い残すと、老師は哮天犬の背に乗って旅立っていった。
老師を見送った私は小さくため息を吐く。
「どうした、士郎?」
「いや、何でもないよ、王貴人。」
そう言って微笑みを返すが、王貴人は私の心を見透かす様に見据えてくる。
「私に言えない様な事か?」
「いや、そうではない。」
やれやれ、付き合いが長くなると隠し事の一つも出来なくなる。
もっとも、欠片も嫌ではないがな。
「玄奘三蔵はわかるか?」
「悟空と一緒に天竺へと旅を始めた者だろう?」
「あぁ。その玄奘三蔵なのだが、私が知る『世界』では少なくと五百年以上先に生まれた人物なんだ。」
私がそう告げても、王貴人には欠片も動揺が見られない。
「そうか。」
「驚かないのか?」
「今この時に在る事が事実であり、これから紡がれていく歴史になる…そうだろう?」
確かに、王貴人の言う通りだ。
「まったく…士郎の心配性というか苦労性は変わらないな。」
「…あぁ、そうだな。」
私が生きている『この世界』が原典になっている以上、『この世界』の歴史は如何様にも変わる。
何百年経とうとも同じ事を繰り返してしまう辺り、これが私の性分なのだろう。
その事が可笑しくて私は失笑してしまう。
そんな私の両頬を、王貴人が引き伸ばす。
「バカ者。今の士郎は独りじゃないんだ。そんな皮肉な笑い方をするな。」
そう言って微笑んだ王貴人は、私に唇を重ねてきたのだった。
◆
士郎と王貴人が唇を重ねていた頃、二郎は哮天犬に乗ってケルトの影の国を訪れていた。
「よう来たのう、ゼン。」
麗しい容貌の女性が姿に合わない老成した話し方をする。
この女性の名はスカサハ。
ケルトの影の国を統べる女王であり、二郎がギルガメッシュやエルキドゥと共に世界中を旅していた時に出会った知己の一人だ。
「わざわざ俺に使者を寄越してまで会いたい理由はなんだい、スカサハ?」
「御主が弟子をとったという風の噂を聞いてな。それで少し話を聞いてみたくなってのう。」
二郎が士郎を弟子にしたのは千年程前になるのだが、二郎は中華で二郎真君を、中華の外でゼンを名乗っている事もあり、二郎の情報が中華の外に伝わるのは百年単位で遅くなる事があるのだ。
二郎はスカサハの要望通りに士郎の話をしていく。
「ふむ、儂も弟子をとってみるか。ちょうど有望そうな若い奴の噂を聞いているからな。」
「へぇ、誰だい?」
「太陽神ルーが人の女を孕ませて産ませた子供だ。名をセタンタというのだが、其奴は『光の御子』などと呼ばれ、その才気を人々に称賛されておる。」
ケルトの太陽神ルーは、ケルトの神々の中で最も万能な存在だ。
その太陽神ルーの血を色濃く継いだセタンタは、まだ幼少の身ながらケルトの戦士達を驚かす程の才を持っている。
その話を聞いて幼少時のギルガメッシュの事を思い出した二郎は、セタンタに興味を持った。
「へぇ、その子を見てみたいな。」
「そう言うだろうと思っておった。ゼンよ、其奴が儂の弟子となりうる才を持っているか見極めてきてくれぬか?」
「あぁ、いいよ。」
二郎は微笑みながらスカサハの言葉を快諾する。
そしてスカサハからセタンタの居場所を聞いた二郎は、哮天犬に乗ってセタンタの見物に向かったのだった。
本日は5話投稿します。
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