「戻ったか、ゼン。それで、セタンタはどうじゃった?」
猛犬を反魂の術で蘇らせた二郎はケルトの影の国に戻ってきていた。
「太陽神ルーの血を継いでいるだけあって、英雄になりえる才はあったよ。」
「その割りには興味なさそうじゃが?」
「考えられる知性があるにもかかわらず考えなかった結果、戦いの後に後悔を残していたからね。あれでは猛犬の気高き魂が浮かばれない。」
「随分と厳しいのう。セタンタはまだ子供ぞ。」
「俺は犬が好きだからね。食べるわけでもないのに戦い、更に後悔する様な奴は子供でも嫌いだよ。」
そう言った二郎は哮天犬の背に乗ってケルトを去っていった。
「やれやれ、セタンタが弟子になったら先ずは戦士としての在り方を教えねばな。誰彼構わず噛みつくだけの狂犬のままでは、たとえ太陽神ルーの血が流れていようともゼンに滅ぼされるであろうからな。」
かつてのスカサハは不老故に生に飽き、死を望んでいた。
そんな時にギルガメッシュやエルキドゥと旅をしていた二郎と出会ったスカサハは、二郎に戦いを申し込み死を体験していた。
それ以来スカサハは死を望まなくなったのだが、悠久の時を生きる為の暇潰しを求める様になったのだ。
「さて、セタンタは影の国まで辿り着けるかのう?楽しみじゃ。」
スカサハは妖艶な笑みを浮かべると、大声で笑い出したのだった。
◆
「…っ!?」
腹部に鈍痛を感じたセタンタがゆっくりと身体を起こす。
「お目覚めになられたようですな、光の御子様。」
猛犬の主の声に振り向くとセタンタは驚いて目を見開く。
間違いなく己が殺した筈の猛犬が、元気な姿で主の側に控えていたからだ。
「お、おい…そいつは…。」
「ゼン様が生き返らせてくださったのです。」
「ゼン?」
「はい。放浪の神ゼン様…光の御子様が戦いを挑まれた御方です。」
猛犬の主の言葉にセタンタが反応する。
「あいつは放浪の神ゼンだったのか?!」
「はい。」
まだ少年のセタンタでも放浪の神ゼンの逸話は知っていた。
曰く、長腕のルーとの力比べで勝利した。
曰く、影の国の女王と戦い退けた。
曰く、猛犬を容易く喰らった竜を一人で討伐した。
ケルトに残る放浪の神ゼンの数多の武勇伝は、勇猛なケルトの戦士の尊敬を集めている。
セタンタも放浪の神ゼンに敬意を抱いているケルト人の一人だ。
「あれが…放浪の神ゼン…。」
腹部に残る鈍痛にセタンタの口角がつり上がる。
「光の御子様、放浪の神ゼン様より言伝てを預かっております。」
「なんだ?」
「『強くなりたくば影の国の女王を訪ねよ。』…そう言い残されました。」
「影の国…。」
ケルトの死者の魂が集まるのがスカサハが統べている影の国である。
その影の国はケルトの勇猛な戦士達でも怖れて近付かない様な危険な場所にあるのだ。
「へっ、その程度の困難は乗り越えてみせろってか?」
完全にセタンタの勘違いである。
二郎は既にセタンタから興味を失っている。
ただ知己のスカサハの頼みを果たしただけなのだ。
「そこの猛犬の件…改めて悪かった。」
「いえ、もう過ぎた事です。それにこうして生き返ったのですから、私に遺恨はございません。」
猛犬の頭を撫でる主の姿に、セタンタは笑みを浮かべる。
「あんたの猛犬、強かったぜ。それじゃ、俺は帰るわ。」
少年とは思えない速さでセタンタは走り去る。
そして家に帰りついたセタンタは、母に影の国への行き方を訪ねるのだった。
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