「くそっ!あいつら何なんだよ!」
金角と銀角との三度目の戦いを終えた後、全身に打撲を負った八戒が地に身体を投げ出しながらそう叫んだ。
「あの双子は金角と銀角だったっけ?」
「そう言っていましたね。」
「ふんっ!次はぶっ飛ばしてやらぁ!」
悟空の疑問に悟浄が答えると、八戒が苛立ち気に鼻を鳴らした。
「ですが八戒、あの二人は強いですよ。なにか策はあるのですか?」
「んなもんねぇよ。バッといってガッとやりゃなんとかなんだろ。」
「それでなんとかならなかったから、今の状態になっているんじゃないですか。」
「うっせぇ!悟浄だって大して変わんねぇだろ!」
天竺への旅を始めてから初めての苦戦に、まだ未熟な悟浄と八戒は苛立っていた。
「なぁ、三蔵。何をずっと考えているんだ?」
悟空の問い掛けを聞いた悟浄と八戒が三蔵に目を向ける。
「牛魔王の言葉を考えていました。」
「俺達が誰かに恨まれてるってやつか?」
「はい。私は御仏の教えの元、慈悲の心で人々を救ってきたつもりでした。ですが、私の行いが新たな恨みを造り出しているのならば、私の行いは間違っていたのではないかと…。」
シッダールタの教えに対する信仰は変わらないが、己は過ちを犯したのではないかと三蔵は悩む。
しかしそんな三蔵の言葉を聞いた悟空は首を傾げた。
「三蔵はなにも間違ってないだろ?だって、俺達が助けた人達は笑顔になってたじゃんか。」
「ですが、それで救われなかった人もいると考えたら…。」
「手の届かない人も助けるなんてお師匠様でも無理だよ。それにお師匠様は救われたいと願ってる人じゃないと救えないって言ってたぜ。」
悟空の言葉がストンと心に落ちたのを感じた三蔵は新たに疑問を感じる。
「悟空、気になったのですが…貴方のお師匠様とはどなたですか?」
「俺のお師匠様か?俺のお師匠様はガウタマ・シッダールタっていうんだ。桃源郷で一杯話をしてもらったんだぜ。」
笑顔の悟空の言葉を聞いた三蔵は、気が遠くなって身体を地に横たえたのだった。
◆
「ふふ、悟空も少しずつ成長していっているようですね。」
『涅槃』から三蔵一行の旅を見守っていたシッダールタは、嬉しそうに微笑む。
「しかしシッダールタよ、金角や銀角達をけしかけられているのはよいのか?」
「去れ、マーラよ!」
気軽に問い掛けてくる御立派な神に、シッダールタはコメカミに青筋を浮かべる。
「はぁ…。ゼン様と天帝様の御配慮は大変ありがたいものですよ、マーラ。かつて私が生きたあの地は、今では私の教えを学ぶ者達と別の教えを学ぶ者達が争いを繰り広げています。そんなかの地に私の教えを学ぶ者が行けば、争いは避けられぬものになるでしょう。」
今の時代のインドでは幾つもの宗教が争いを繰り広げている。
信仰の違いが争いに発展するのは人の時代が始まる前から続いている事だが、自らの教えを学ぶ者達も同じ様に争っているのを見て、シッダールタは『涅槃』で心を痛めているのだ。
「救いをもたらす教えを学ぶ者達が人々を救わずに争うか…人の欲は果てのない事よ。」
「だからこそ私は弟子達を『解脱』に導こうとしたのですがね。」
「人の身で『解脱』を成せるのはシッダールタぐらいであろうよ。もっとも、少し前に人の身で『原罪』を背負った男もおったがな。」
百年程前にとある神の子がゴルゴダの丘で人の『原罪』を背負って天へと召されたのだが、御立派な神がその事を話すとシッダールタは興味を持った。
「『原罪』を背負ったですか…一度、その御仁に会ってみたいですね。」
「我が紹介してもよいぞ。」
「マーラよ、その御仁にお前はどう呼ばれているのですか?」
「『誘惑の悪魔』よ。」
「去れ、マーラよ!」
己と同じ様な苦労をしたであろう神の子を思うと、シッダールタは大きなため息を吐いたのだった。
次の投稿は13:00の予定です。
拙作の御立派様は世界三大宗教の二つに名を残す御立派な存在になりました。
流石御立派様ですな!