玄奘三蔵一行が牛魔王を名乗る板角青牛と戦う様になって一年が過ぎていた。
金角と銀角の二人とはそれなりに戦える様になって自信が付き始めた矢先に、板角青牛に圧倒された玄奘三蔵一行は天竺への旅の足を止め、強くなる為の修行を始めたのだった。
◆
「うおぉぉぉりゃあぁぁぁああ!」
八戒が力任せに武器を振るうのを悟浄が正面から受け止める。
猪の精霊の力を持つ八戒の膂力は殷周革命時代の英雄にも匹敵するが、河の精霊の力を持つ悟浄も八戒に劣らぬ膂力を持っている。
「はっ!」
一息おいて八戒を押し返した悟浄は押し返した勢いのまま武器を振るうが、八戒は地を転がって攻撃を避けると、立ち上がる勢いを利用して武器を振るう。
お互いに膂力に任せた戦いだが、金角と銀角との戦いを経験した事で『戦い』の才は磨かれていた。
しかし『戦う者』としては少年の見た目相応に未熟としか言いようがなく、悟空と八戒と悟浄は強くなる為の修行を始めてから伸び悩みを感じていた。
「三蔵、俺、メシを取ってくるよ。」
「えぇ、悟空、気を付けていってきてください。」
八戒と悟浄の手合わせを見守っていた三蔵に見送られ、悟空は今日の獲物を探しに向かう。
その獲物探しの最中、悟空は伸び悩みの理由を考えていた。
「う~ん…俺達と牛魔王達との違いは何だろう?」
幾度も金角と銀角との戦いを経験した事で戦い慣れたという感覚はある。
しかし、それ故に牛魔王達との力の差も明確にわかる様になっていた。
ただ思うがままに攻撃をしている自分達と違い、金角と銀角の動きはどこか洗練されているのを悟空は本能で感じ取っていた。
「やっぱり二郎真君と動きが似ているのが関係しているのかな?」
「そうだね、それが悟空達の伸び悩みの一番の理由かな。」
突如虚空から声を掛けられた事で悟空は驚いて飛び退く。
「び、びっくりしたぁ~…。驚かさないでくれよ、二郎真君。」
「シッダールタなら驚かないんだけどね。」
「俺とお師匠様を一緒にしないでくれよ。俺は『解脱』をしてないんだからさぁ。」
心臓に手を当てながら息を整える悟空の姿に、二郎は肩を竦める。
「それで、二郎真君は何をしに来たんだ?」
「伸び悩んでいる悟空達を鍛えてあげようかと思ってね。」
「本当か!?ありがとう、二郎真君!」
満面の笑みを浮かべる悟空に、二郎も笑みを浮かべる。
「あっ、そうだ。金角と銀角の動きが二郎真君に似ていたんだけど、あいつらも二郎真君が鍛えたのか?」
「うん、そうだよ。あの二人は俺の弟弟子だからね。」
「へぇ、どうりで強いわけだ。」
金角と銀角が強い理由を知り悟空は納得の声を上げたが、同時に疑問を持った。
「なぁ、二郎真君。金角と銀角はなんで俺達と戦うんだ?」
「あぁ、それはね…。」
二郎は事の経緯を悟空に教える。
「へぇ、天帝が俺達の為に経験を積ませてくれてるんだ。」
「天竺では今、シッダールタの教えとは別の教えが広まり始めているんだ。そこにシッダールタの教えを学ぶ悟空達が行ったら、まず間違いなく争いに巻き込まれるだろうね。その争いで悟空達が生き残れる様にって伯父上が考えたんだよ。」
中華では信仰の鞍替えを強要すると天帝の命により二郎が動く事になるため、宗教の勧誘は他の地に比べて非常に緩やかなものになっている。
そういった事もあって悟空は信仰の違いによる争いに実感を持っていなかった。
「さぁ、そろそろ獲物を獲って玄奘三蔵達のところにいこうか。あまり修行にもたつくと、中華で乱世が始まって巻き込まれるかもしれないからね。」
「漢王朝は滅ぶのか?」
「さぁ、どうだろうね?でも、黄巾党なんてものが中華全土に広がった事を考えると、時代の変わり目が来たんだと思うよ。」
既に数百年を生きた悟空だが、三蔵と旅を始めるまで世俗と関わりなく生きてきた事もあり、二郎の時代の変わり目という言葉に興味を持った。
「あっ、悟空、悟空達を鍛える間は俺の事を楊ゼンと呼ぶようにしてくれるかい。事の経緯が玄奘三蔵達にばれて板角青牛達との戦いで真剣にならなくなったら、戦いの意味がなくなるからね。」
「おう、わかった!」
◆
「はぁ…。」
中華のとある街で腹まで伸びた立派な髭をたくわえた青年が憂いのため息を溢す。
この青年は姓を関、名を羽、字を雲長という者で、この街で子供達に学問を教えて日々を過ごしている。
そんな彼が憂いのため息を溢している理由は、中華の各地で黄巾党を名乗る者達が暴れているからだ。
「高祖(劉邦)が造り、光武帝が建て直した漢王朝も再び腐敗し、黄巾党の様な者達が世に現れる様になってしまったか…。」
黄巾党も元は太平道の教えを元に人々の救済をしようとしていた者達だ。
しかし、漢王朝の腐敗に伴う重税や飢饉が元で教えだけでは人々を救えなくなると、教えを学ぶ者達を食わせる為に賊の様な行為をする様に変貌していった。
「中華は更に乱れるであろう。そう考えれば、師父に鍛えていただけたのは幸運だったのであろうな。」
まだ立派な髭をたくわえる前の少年時代の関羽が賊を相手に力を振るっていた時、気ままに中華の空を散歩していた二郎はたまたまその光景を目にして関羽に興味を持った。
二郎は関羽に声を掛けるが、少年時代の関羽は生まれながらに調息を身に付けており、人一倍の剛力を鼻に掛けた傲慢な少年だった。
二郎を賊の一味の者と決めつけた少年時代の関羽は問答無用で襲い掛かったのだが、崩拳の一撃で気絶をさせられた後に目を覚ますと、二郎に弟子入りを願ったのだ。
それから数年、二郎の指導の元で修行に励んだ関羽はメキメキとその才を伸ばすが、二郎は関羽に一言告げるとふらっとどこかに行ってしまったのだ。
ちなみに二郎が向かった先はケルトであり、ケルトに向かった理由はスカサハに呼ばれたからだ。
「我が師父、楊ゼン様は何処に行かれたのだろうか?」
関羽は己の師が武神である二郎真君だと気付いていない。
二郎の修行で心身共に成長した関羽は今でこそ学問も修めた立派な青年だが、かつての関羽は今程に聡明ではなかった。
今現在の関羽が二郎と再会したら間違いなく気付くのであろうが、残念ながらその機会はしばらくは訪れないだろう。
「お~い、雲長兄貴~。」
バンッ!と勢い良く戸が開けられると、そこには小柄ながら筋骨隆々な男の姿があった。
「翼徳、もう少し加減をしろ。お前の剛力でまた戸が壊れてしまったではないか。」
「おっと、いけねぇ。うっかりしてたぜ。」
関羽が呆れの目で見る男は姓を張、名を飛、字を翼徳という者である。
関羽と張飛の出会いはおよそ一年前の事で、大食漢の張飛が食う為に馬泥棒をしていたのを懲らしめたのがきっかけだ。
自身の剛力を誇っていた張飛は、己をあっさりと負かした関羽の武に惚れ込んで義弟にして欲しいと頼み込むと、関羽は張飛が心根の悪い者ではないと理解し義弟となる事を受け入れた。
それから関羽は張飛と共に暮らす様になって今に至る。
「それで翼徳、なにがあったのだ?」
「広場に高札が立って人が集まってるんだ。雲長兄貴、一緒に見に行こうぜ!」
「まったく…お前も子供達の様に早く文字を読める様にならんか。」
小言を言う関羽だが張飛と共に広場に向かう。
そこで二人は生涯の主君と仰ぐ男と運命的な出会いを果たすのだった。
本日は5話投稿します。
次の投稿は9:00の予定です。
章タイトルに三国志を追加しました。