「うぅ…。」
八戒が腹に鈍痛を感じながら目を開けると、辺りは既に暗くなっていた。
「八戒、目が覚めたようですね。」
三蔵の声に反応して八戒は身体を起こそうとするが、腹に力が入らず身体を起こせなかった。
「無理をしなくていいですよ。今温かい汁を持ってきますからね。」
三蔵が離れると八戒は顔だけを動かして周囲を見る。
すると、隣には悟浄が寝かされていた。
(なんで悟浄が寝て…?あれ?俺はなんで寝て…!?)
腹の鈍痛で八戒の記憶が甦る。
「俺…楊に負けたんだ…。」
八戒の呟きは、椀を持って戻ってきた三蔵の耳に届いていたのだった。
◆
自力で身体を起こせなかった八戒と悟浄に温かい汁を飲ませて寝かせた後、三蔵は二郎と悟空の二人と焚き火を囲んでいた。
「楊さんはお強いですね。悟空まで何も出来ずに負けたのを見たのは初めてでした。」
八戒の後に悟浄と悟空も二郎と手合わせをしたのだが、二人とも二郎の崩拳の一撃で敗れている。
「あの、楊さん。一つお願いがあるのですが…。」
「なんだい?」
三蔵は二郎に覚悟を秘めた目を向けたのだった。
◆
翌日、二郎の造った神水を使って作られた汁を飲んだ事で全快した八戒と悟浄は、目を覚ますと驚きの光景を目にした。
「「お師匠様!?」」
「あ?おはようございます、八戒、悟浄。」
笑顔で朝の挨拶をする三蔵だが一つおかしなところがある。
それは…馬歩をしながら朝の挨拶をしたのだ。
「お、お師匠様、いったい何を?」
「これですか?これは馬歩といって拳法の基本ですよ。」
三蔵はニコリと微笑みながら言葉を続ける。
「以前から考えていたのです。私は貴方達に守られてばかりでいいのかと。」
「それが僕達の役目です!」
「そうだぜお師匠様!悟浄の言う通りだ!」
悟浄と八戒の言葉に、三蔵は少しだけ困った様に苦笑いをする。
「ありがとうございます、悟浄、八戒。でも、もう決めたのです。私も貴方達と一緒に鍛えていただこうと。」
「「僕(俺)達と一緒に?」」
同時に首を傾げた悟浄と八戒の目に、三蔵の隣で馬歩をしている悟空と、指導をしている二郎の姿が映った。
「じ…楊ゼン、これでいいのか?」
「うん、だいたい出来てるね。次は無意識にやっている調息を意識してやってみようか。」
「わかった、やってみる。」
悟浄と八戒は状況が理解出来ずに混乱する。
そんな二人に三蔵は笑顔で話す。
「昨晩、楊さんにお願いをしたのです。私達を鍛えてほしいと。楊さんは悟空も一撃で倒してしまう程の拳法の腕前をお持ちです。元々私達は牛魔王達に勝つ為に修行を始めたでしょう?ならば、見事な拳法の腕前を持つ楊さんに師事を受けるのは自然な事ではないですか?」
三蔵の言葉になんとか頷いた悟浄と八戒だが、三蔵まで修行をする事には理解が及ばなかった。
それでも強くなる為だと無理矢理自分を納得させた悟浄と八戒は、二郎の指導で馬歩を始めたのだった。
◆
『西遊記』の一節には次の様に綴られている。
『牛魔王達に旅を阻まれた玄奘三蔵一行が修行を始めると、旅人の楊ゼンという男が孫悟空の前に姿を現す。』
『孫悟空と共に玄奘三蔵一行の元に足を運んだ楊ゼンは、八戒の申し出で手合わせを始めた。』
『意気揚々と飛び掛かって棍を振るった八戒だが、素手の楊ゼンに一撃で敗れてしまった。』
突如現れた旅人である楊ゼンになすすべもなく敗れてしまった八戒と悟浄と悟空だが、この後に楊ゼンに修行をつけてもらった事で牛魔王達と互角に渡り合える様になるほどの成長を遂げている。
さらに守られるだけだった玄奘三蔵も楊ゼンに修行をつけてもらうと、修行後の旅から玄奘三蔵も孫悟空達と共に戦う様になったのだった。
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