タンッ!
地面を踏み締める乾いた音と共に賊が吹き飛ぶ。
「相手は女だぞ!何してやがる!」
賊の頭が苛立つのも無理はないだろう。
賊が襲った一行は女一人に子供三人という一見したら格好の獲物だ。
それが蓋を開けてみたら賊の一団は彼女達に傷一つ負わせる事が出来ずに蹴散らされているのだ。
「ハッ!」
女性が一歩踏み込んで掌を賊の腹に打ち込むと、賊は白目を向いて倒れたのだった。
◆
「ふぅ…。」
賊との戦いを終えた女性…玄奘三蔵が安堵の息を吐く。
すると、何者かに横から竹の水筒を差し出された。
「三蔵、お疲れ様。」
「ありがとうございます、ゼンさん。」
竹の水筒を差し出したのは虚空に身を隠して戦いを見守っていた二郎である。
「ゼンさん、私の拳法はどうでした?」
「拳法の修行を始めて一年という事を考えれば上出来かな。」
二郎の言葉通りに、玄奘三蔵一行が二郎に鍛えられ始めてから一年の時が経っていた。
「ゼンさんにそう言ってもらえると、なんか自信が湧いてくるなぁ。」
「そうかい?」
この一年で三蔵の口調はかなり砕けたものになっていた。
いや、本来の口調に戻ったというのが正しい。
これは三蔵が悟空からシッダールタの話を聞いたのがきっかけだ。
『ありのままを受け入れる。』
解脱の境地に至る為の一端を聞いた三蔵は、手始めに口調を仏僧として修行を始める前のものに戻してみようと思い、今の様な形で二郎や悟空達と話す様になったのだ。
「あの、ゼンさん、一つ聞きたいんですけどぉ…?」
「なんだい?」
「いえ、そのぉ…ゼンさんって、恋人…。」
「おぉい、お師匠様ぁ!飯が出来たぜぇ!」
八戒に邪魔をされた三蔵は項垂れる。
何故に三蔵が項垂れているのかわからない八戒は首を傾げたのだった。
◆
食事を終えて一行がそれぞれゆっくりとしていた時の事、不意に三蔵が大声を上げた。
「えぇ―――!?ゼンさん、行っちゃうんですかぁ?!」
三蔵の大声に悟空達が集まる。
「楊ゼン、どっかに行くのか?」
「うん、悟空達もそれなりに出来る様になったからね。」
「そっかぁ。」
驚いて固まっていた三蔵だが、顔を振るって気を取り戻すと二郎に話し掛ける。
「ゼ、ゼンさん、このまま一緒に天竺に行きませんか?」
「それも悪くないけど、今の中華を巡ってみる方が面白そうだからね。」
「そんなぁ~…。」
三蔵が二郎を引き止めるのは理由がある。
現在の三蔵の年齢は十代後半。
当時の時代の価値観で考えると行き遅れになりかけているのだ。
そんな年齢の三蔵の目の前に抜群の容姿で性格も良く、悟空達よりも強いという男がいるのだ。
更に身形を見ても金銭に困っている様子はない。
紛れもなく超優良物件である。
三蔵は仏僧である前に年頃の乙女なのだ。
少しばかり修行を忘れて懸想をするのも仕方ないだろう。
もっとも、三蔵が抱く感情は恋というよりは憧れに近いものなのだが…。
「それじゃ、俺は行くよ。牛魔王達との戦い、頑張ってね。」
そう言って歩き出す二郎の背中を、三蔵は力なく手を振って見送るのだった。
◆
「玄奘三蔵の恋は叶わずか。」
「士郎、あれは恋ではなく憧れだ。」
黒麒麟の背に乗り虚空から見守っていた王夫妻は、項垂れている三蔵に目を向ける。
「女の勘か?」
「あぁ。」
王夫妻の眼下では頬を叩いて気を入れ直した三蔵が、悟空達と共に旅を再開していた。
「さて、私達も行くとしようか。」
「あぁ。黒麒麟、頼むぞ。」
「『承知した。』」
三蔵一行が旅を再開して数日後、一行の前に牛魔王達がやって来たのだった。
本日は3話投稿します。
次の投稿は9:00の予定です。