クー・フーリンは槍に心臓を貫かれて地に横たわるコンラの横に腰を下ろす。
「あの鼻たれが一端の戦士になりやがって…。」
既に事切れているコンラの頭をかき混ぜる様に撫でるクー・フーリンだが、その顔には表情がなかった。
戦士として全力を出せた満足、父親として息子を手に掛けた後悔が入り交じり、どの様な顔をしていいかわからないのだ。
そんなクー・フーリンの後ろの虚空から二郎が姿を現した。
「…放浪の神ゼンか?」
「あぁ、そうだよ。」
「一つ、願いがある。」
「なんだい?」
「俺の息子を…コンラを生き返らせちゃくんねぇか?」
クシャクシャとコンラの頭を撫で続けるクー・フーリンを二郎は見下ろす。
「構わないけど、代価はもらうよ。」
「代価は何だ?」
「コンラを生き返らせる代価として、クー・フーリンの名をもらう。それでよければ、コンラを生き返らせるよ。」
クー・フーリンの名はセタンタの武功を称賛した太陽神ルーによって与えられたものだ。
これはケルトの戦士にとって最大の誉れである。
そしてその名を捨てるという事は太陽神ルーへの反逆に等しく、さらに誉れを失う事はケルトの戦士にとって最大の屈辱となる。
だが、クー・フーリンはニッと歯を見せて笑った。
「おう、持ってけ!」
「いいのかい?」
「俺は父親としてコンラに何もしてねぇ。ならよ、せめてコンラの為に何か一つぐらいしてやんなきゃ、俺はコンラの父親を名乗れねぇからな。」
そう言うクー・フーリンの表情はケルトの戦士としてのものではなく、一人の父親のものだった。
「やれやれ、それならコンラとの戦いを途中で止めればよかったんじゃないかい?コンラが息子だって気付いたんだからさ。」
「その通りなんだがな。俺はこういう不器用な生き方しか出来ねぇのさ。」
声を上げて笑うクー・フーリンを見て、二郎はため息を吐く。
「スカサハはコンラを殺されてかなり御立腹だろうからね。覚悟しておいた方がいいよ。」
「ちっ、師匠には何を言われる事やら。」
「多分、コンラを婿に寄越せって言うんじゃないかな?」
「なにぃ!?少しはてめぇの年を考えやがれ、若作りババァ!」
クー・フーリンの叫びが響き渡ると、どこからともなく槍が飛来してクー・フーリンの頬を掠めたのであった。
◆
『セタンタとコンラ』
アルスター伝説の一節には次の様に綴られている。
『影の国から父に会いに行ったコンラだったが、自ら名乗れぬゲッシュのせいでケルトの戦士に敵と認識されてしまい、彼等と戦う事になってしまう。』
『ケルトの戦士達を石の投擲で次々と倒していったコンラだが、そのコンラの強さに興味を持ったクー・フーリンと戦う事になってしまった。』
『まだ9歳のコンラだが、彼は英雄として名高いクー・フーリンと互角に渡りあった。』
『しかし三日に渡る戦いの後に、コンラはクー・フーリンの呪いの魔槍で心臓を貫かれてしまったのだった。』
こうして一度は死んでしまったコンラだが、この後に現れた放浪の神ゼンにクー・フーリンが己の名を代価として願った事で生き返っている。
コンラが生き返るとクー・フーリンはゲッシュを誓い、以後二度と己の武功の証として太陽神ルーに与えられたクー・フーリンの名を名乗らず、セタンタを名乗る様になったのだった。
これで本日の投稿は終わりです。
執筆ペースが遅くなっていますが勘弁してくだしぁ…。
また来週お会いしましょう。