「それじゃ張遼、頼んだぜ。」
「はっ!お任せあれ!」
包拳礼をした張遼は颯爽と馬に跨がると、三百の騎兵を率いて駆け出す。
張遼は劉備が役を辞する旨を記した書状を帝に届ける役目を任されたのだ。
地平線へと駆けていった張遼を見送ると、劉備が笑みを浮かべながら皆に振り返る。
「うしっ!曹操が来るまで後一月ってところだ!しっかりと逃げる準備をしねぇとな!」
◆
劉備達が曹操軍から逃げるにあたって問題が幾つかある。
一つは何処に逃げるかだ。
曹操は現在の中華でも指折りの有力者で、並みの諸侯では匿って貰うどころか御機嫌伺いのために差し出されてしまうだろう。
その為、劉備達が逃げる先は曹操に対抗出来るだけの力を持った有力者のところに限定される。
候補としては袁紹、袁術、劉表といったところだ。
劉表は現在の中華で非常に高名な為政者であるのだが、決断力に乏しいという噂がある。
その為、覇気溢れる曹操に抗する事が出来るのか少々心許ない。
袁術は中華でも一、二を争う金持ちだが、既に孫家を抱えている。
内憂がある状態で更に厄介者となる劉備達を受け入れる可能性は低い。
残る候補は袁紹なのだが、董卓軍と諸侯連合の戦いの後に劉備が帝に持ち上げられたのが懸念される。
嫉妬心から董卓を謀略に掛けた袁紹である。
果たして袁紹の顔を潰してしまった劉備を受け入れるのだろうか?
劉備達は何日も掛けて話し合った。
その末に劉備達は袁紹を頼る事にした。
帝に目を掛けられている劉備が真っ先に頼る事で、袁紹の顔を立てられるのではないかと気付いたからだ。
逃げ先という戦略目標が決まった事で本格的に準備が始まったが、事はそう簡単に終わらない。
中華は広い為、別の領地に行くにも時が掛かる。
更に賊などの危険もある為、旅程が順調に行くとは限らない。
それ故に、身を守る為の戦力と旅の間飢えない為の食糧がいる。
しかし身を守る為の戦力を多くし過ぎれば、曹操が劉備の領地を接収する前に領民が賊に襲われてしまう危険性がある。
そして食糧を多く持っていきすぎれば、領民が飢えてしまう。
これらの調整だけでも大変なのに劉備に着いていきたいという民も多かったので、その民の選抜も劉備を大いに悩ませた。
更に政が混乱しない様にしっかりと引き継ぎをせねばならない。
もし劉備が義勇軍を率いていた頃だったならば、曹操軍が来るまでに逃げる準備は終わらなかっただろう。
しかし帝から役を得てからの数年で人の上に立つ者として成長をした事と、関羽や文官達の献身のおかげで劉備はなんとか逃げる準備を終える事が出来た。
そして逃げる準備を終えた劉備達が領地に残る者達と別れの宴をした翌日、劉備達は袁紹が治める領地に向かって出発するのだった。
◆
別れを惜しんだ多くの民が、劉備達が見えなくなるまで手を振っている。
その姿に劉備達の胸には込み上げてくる何かがあった。
「未練が残るな。」
関羽の一言に皆が頷く。
「しっかし、大所帯になったもんだなぁ。」
そう言いながら劉備は己に着いて来る者達を見渡す。
関羽が率いる騎兵五百、呂布が率いる弓騎兵五百、張飛が率いる歩兵五百、劉備を直衛する兵五百に荷駄を運ぶ兵五百を合わせて二千五百の軍。さらに兵達の家族を合わせると、劉備に着いて来る者達の総人数は一万を超えていた。
「雲長兄貴、もっと人数を減らせなかったのかぁ?」
「翼徳、そう思ったのならお前も手伝える様になれ。」
武人としては一流と言っていい張飛だが、政務や軍務は苦手としていた。
ちなみにすました顔をして名馬である赤兎馬に跨がっている呂布だが、彼も張飛に負けず劣らずに政務や軍務を苦手としている。
もっとも、兵の調練等は張飛と呂布が担ったので関羽も小言程度で済ませている。
もし酒を飲んで兵の調練をサボっていたらとんでもない事になっていただろう。
「まぁまぁ、そう気張らずに行こうぜ。先は長いんだ。やるべき時にちゃんとやればいいさ。」
そう言って笑顔で進む劉備に、皆が笑顔で続いていくのであった。
これで本日の投稿は終わりです。
また来週お会いしましょう。