呂布と士郎の活躍で曹操軍を撃退した劉備達は、民の一人も欠ける事なく袁紹の領地に辿り着いた。
そして袁紹に謁見した劉備は客将として遇される事になり、袁紹の領内にある町一つを任されたのであった。
◆
「いきなり町一つかぁ…袁紹は思ったよりも剛毅な奴なのか?」
張飛は一行の無事を祝う宴の場で、今回の劉備への待遇を省みて袁紹への評価を変えるべきか考えていた。
「いや、袁紹殿が優柔不断な人物なのにはかわりないだろう。」
「でもよ雲長兄貴、袁紹はまだ自分の下で武功を上げたわけでもない玄徳兄貴に町一つをポンッと渡したんだぜ?これは優柔不断な野郎でもケチ臭ぇ野郎でも出来ねぇぜ。」
「確かに張飛殿の言う通りです。しかし、関羽殿は別な何かを感じているのですな?」
関羽は張飛と張遼の疑問に答える前に杯の酒を飲み干す。
「私は兄者を配下にした時の利益よりも、不利益を考えたのではと思っている。」
「不利益だぁ?雲長兄貴、玄徳兄貴を配下にした時の不利益ってなぁ何だ?」
関羽は答える前に手酌で酒を注ぐ。
「一つは今回、私達が曹操に追われる事になった建前だ。」
「呂布の事か?」
「あぁ。それと董卓殿が嵌められた事を考えてみろ。今度は誰かが袁紹を嵌めてもおかしくあるまい?」
関羽の言に張飛と張遼が唸る。
嫉妬心から董卓を謀略に掛けた袁紹を、誰かが謀略に掛けても不思議ではないのだ。
「それともう一つ…兄者が劉家の御血筋であられる事だ。」
関羽の言に張飛と張遼は二度唸る。
劉備の血筋は帝自身が認めている。
その劉備を配下にすれば、不敬として勅命を得る事も難しくないだろう。
「まぁ、そういった事を袁家に仕える旧臣が訴えた事で、袁紹殿は兄者を臣下としてでなく客将として迎えたのだろうな。」
「かぁ~…優柔不断な主に加えてみみっちぃ連中だぜ。」
「そういうな翼徳。誰しもが、兄者の様に成功を捨てられるものではないのだ。」
そう言って関羽は笑みを浮かべながら杯の酒を飲み干す。
「はぁ…それはいいとしてよぉ。俺も向こうで一緒に飲みたかったぜ。」
そう言いながら張飛が劉備の執務室に目を向けると、つられて関羽と張遼も目を向けたのだった。
◆
「うめぇ!こんなうめぇ酒、おいら初めて飲んだぜ!」
上機嫌に酒を飲む劉備が口にしているのは、王夫妻に振る舞われた二郎が造った神酒である。
王夫妻は曹操軍が撤退したのを見届けると、民の護衛として劉備達についてきたのだ。
「奉先様、とても美味しいですわ。」
「だ、大丈夫か?」
妻である貂蝉が酒を口にするのを、呂布は心配そうに見詰める。
「呂布、安心しろ。この酒は明日になれば、身体の内で水に変わるので妊婦でも問題ない。」
「そ、そうか。」
呂布は膨らんでいる貂蝉の腹を愛しそう撫でながら安堵の息を吐く。
皆で神酒を楽しんで一刻(二時間)程が経った頃、劉備は士郎に問いを投げ掛けた。
「王士郎様、これから中華はどう動くと思いますかい?」
士郎は一口神酒を飲んでから答える。
「そうだな…群雄割拠と言えば聞こえはいいが、諸侯が生き残りを賭けた乱世になるだろう。」
多少は政に関わった劉備も、おそらくはそうなるだろうという思いはあった。
しかし、具体的にどう動くのかは皆目見当がつかなかった。
「世の流れが動くキッカケとなるのは曹操か袁術だろうな。」
「袁紹は違うんですかい?」
士郎はまた一口神酒を飲んでから答える。
「袁紹は良く言えば慎重、悪く言えば優柔不断な男だ。自身から事を動かす事はしないだろう。何よりも、受け身になっても堪えられるだけの力がある。」
士郎の言に劉備は頷く。
まだ任せられた町の政が記された竹簡にざっと目を通しただけだが、それでも劉備は袁紹が治める領内の裕福さには目が眩む思いがした。
名族を自称する袁紹だが、それは伊達ではなかったのだ。
「対して曹操は果断なのが特徴の男だ。慣習に囚われず行動するあの男は、旧い秩序を破壊する事に躊躇はしないだろう。」
劉備は董卓軍と諸侯連合の戦いの折りに見た曹操の顔を思い出す。
小柄な身体とは思えない程に覇気に満ちた曹操は、正に英傑と呼ぶに相応しかった。
「そして袁術だが…彼は孫家という内憂を抱えている。その内憂がキッカケとなって動く可能性も無くはない。それに袁紹との確執もあるからな。機会があれば確実に動く。」
士郎の話を聞いて劉備は確信した。
自分達に足りないものを。
しかし劉備がその足りないものを得るには、今少しの時間を必要とするのだった。
本日は3話投稿します。
次の投稿は9:00の予定です。