劉備が袁紹の客将となってから半年程が過ぎた。
町一つを任されてからまだ半年とあって目に見える成果はないが、劉備は客将としてしっかりと政をこなしていた。
劉備は中華の人々が明日に笑顔を持てる世にしたいという大望があるが、今の劉備達に先々を見通せる者はいない。
その為、袁紹の客将として庇護を受けて安定した日々を送りながらも、どこか心が晴れない日々を送っていた。
しかし、そんな劉備達も諸手を上げて喜ぶ慶事が起こる。
それは…呂布が一児の父親になった事だった。
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「ほれ呂布よ、抱いてやれ。元気な女の子だぞ。」
産着の赤子を華佗が差し出すと、呂布は恐る恐る赤子を受け取る。
「これ、まだ首が据わっておらんのだ。ちゃんと支えてやらんか。」
呆れた様な華佗の声色に、呂布は慌てて赤子を抱き直す。
「まったく…一児の父になったというのに、相変わらず不器用な奴だ。」
華佗の物言いに貂蝉はクスクスと笑い、呂布は項垂れる。
「董…華佗、貂蝉は大丈夫なのか?」
「貂蝉に飲ませた薬は二郎真君様が造ってくださった霊薬じゃ。もう産後の肥立ちの心配はいらぬ。それでも念の為、二人目は明日からにするんじゃぞ。」
ニヤニヤと笑う華佗にそう言われると、呂布は赤子を抱きながらため息を吐き、貂蝉は頬を朱く染めた。
そんな二人を見て華佗は笑うと、不意に表情を引き締めた。
「呂布よ、あと数年もしたら世は動き出す。それが漢王朝の滅びなのか、再生なのかはわからぬがな。」
真剣な様子の華佗に、呂布も身を正す。
「己が成すべき事を間違えるなよ。武人としては敵に勝たねばならぬが、将としては一人でも多くの仲間を生きて連れ帰り、一人の男としては生きて家族の元に帰ってこい。これらを忘れなければ、どの様な謀略にかけられようとも、お前は道を間違えずに生きていける。」
呂布が力強く頷くと、華佗は笑みを浮かべて部屋を去って行ったのだった。
◆
劉備が袁紹の客将となってから三年程の月日が流れた時、中華に激震が走る。
なんと、曹操が帝の身柄を手中に納めたのだ。
この報を聞いた中華の諸侯はそれぞれの反応を示す。
積極的に曹操に協力をしようとする者、自ら進んで曹操に下る者、事の成り行きを静観する者といった具合だ。
そういった諸侯の中で曹操に対して敵対的な態度を取ったのが袁術と袁紹だ。
名族としての誇りもあるが、それ以上に曹操に抗する事が出来るだけの力を有していたのが大きい。
しかし袁術は孫家という内憂を抱えており、袁紹は劉備という内憂を抱えている。
もっとも劉備自身には袁紹の下で事を起こそうという気は欠片も無いのだが、袁紹の家臣達は劉備に重臣の座を奪われるのではと危惧している。
その為、曹操に対して敵対的な態度をとった袁術と袁紹なのだが、曹操討伐の為の軍を起こす事はしなかった。
だがこのまま曹操を野放しにしておけば勅命を好き勝手に使い、その力はやがて袁家を上回るものになるだろう。
そうなってしまっては困ると動いたのは、袁術の下で虎視眈々と牙を研ぎ続けている孫家だった。
孫家の長である孫策は自らは袁術の説得に動き、そして親友にして腹心である男を袁紹の元に派遣したのだった。
◆
「劉備殿、御初に御目に掛かります。私は周瑜。主である孫策の命を受け、袁紹殿の元に赴く道すがらこうして立ち寄らせていただきました。」
劉備は片膝を着き包拳礼をする男を興味深く観察する。
まだ年若いが才気を感じさせる利発さに加え、少し化粧をすれば女と見間違う程に優れた容貌を持つこの男が、果たして何用もなく自身を訪ねたりするだろうか?
劉備は己に先を見通す目が無いのは自覚しているが、それと同時に戦場で勘を養ってきたと自負している。
その勘が告げている。
この男は何かを持ってきていると…。
「周瑜殿、顔を上げてくれ。おいらはそういうのは苦手でな。もっと気楽にやってくれ。」
劉備の言に見惚れる様な笑みを浮かべた周瑜が立ち上がる。
「さて、おいらの勘じゃあ、周瑜殿は何か話を持ってきたんじゃあねぇかと思っているんだが…どうだい?」
劉備の言葉に、周瑜はニコリと微笑んだのだった。
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