「ここに劉備殿がおられるのか。」
とある町の入り口に、頬を紅潮させた青年の姿があった。
この青年は姓を徐、名を庶、字を元直という水鏡塾を卒業した者だ。
彼は水鏡塾を卒業後、友である諸葛亮ともう一人の友と別れ中華の各地を放浪していた。
その放浪の目的は、己が仕えるにたる主を見付けるためだ。
徐庶は各地を放浪しながら諸侯の噂を集めていく。
しかし袁紹や曹操といった高名な諸侯の噂を聞いても、徐庶の心に響くものはなかった。
そんな中で徐庶は一つの噂を耳にした。
それは劉備の噂だった。
仲間の為に地位を捨てたという噂に、徐庶は心を惹かれた。
それからの徐庶は中華の各地で現地の諸侯の噂を聞きながらも、それとなく劉備の噂も聞いていく。
その度に徐庶は、劉備に仕えたいと強く思うようになっていった。
やがて決意をした徐庶は母に劉備に仕える事を伝えると、こうして劉備が治める町にやって来たのだ。
「水鏡先生の紹介状があるので門前払いはないだろう。」
懐から書状を取り出しながら徐庶は微笑む。
この紹介状は望めば都でも役につくことが叶う程の代物である。
早速とばかりに徐庶は劉備の住まう場所に向かうと、門兵に紹介状を見せる。
その紹介状を手にした門兵は驚いて目を見開くと、代わりの兵を呼んでから駆け出した。
(慌てて駆け出さないところを見るに、よく訓練されているようだ。)
緩む頬を隠す様に顔に手を当てた徐庶は、案内されるのを今か今かと待ち続けるのだった。
◆
「水鏡塾の卒業者ねぇ…願ったり叶ったりだけどよぉ、なんだっておいらのとこにきたんだ?」
門兵が持ってきた紹介状に目を通した劉備は、疑問に思って首を傾げる。
「世に流れる兄者の噂を聞いてきたのではないですかな?」
「おいらの噂だぁ?雲長、どんな噂が流れてんだ?」
「一言で言えば、聖人君子といったところかと。」
「おいおい…おいらは聖人君子なんてガラじゃねぇぞぉ…。」
そう言って頭を抱えた劉備はため息を吐く。
「劉備様、如何なさいますか?」
「まぁ、おいらに会いに来たんなら会うのが礼儀だわなぁ。張遼、すまねぇが迎えに行ってくんな。」
「はっ!お任せあれ!」
そう言って包拳礼をした張遼が部屋を去ると、劉備は頭を掻く。
「なんつうか…張遼もおいらに対して随分と律儀な話し方をする様になっちまったなぁ。」
「それが仕えるという事です。兄者、ガラでないと避けてばかりでは諸侯に舐められてしまいます。兄者にも相応に振る舞える様になっていただかなければ。」
「勘弁してくれよぉ…。」
劉備が嘆く様にため息を吐くと、関羽や呂布、そして張飛は笑い声を上げたのだった。
◆
『徐庶の仕官』
劉備配下の軍師として初めて名を残したのが徐庶である。
彼が劉備に仕官したのは袁紹の客将として曹操との戦に挑む前の事だ。
もしこのタイミングで徐庶が劉備に仕官していなければ、後の歴史が変わったであろうと言われる程に、彼は劉備にとって重要な存在となっていく。
しかし今の徐庶は、中華で知る者が少ない無名の青年でしかなかったのだった。
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