袁家連合と曹操軍の戦は開始から一刻(二時間)が過ぎようとしていた。
「流石は呂布と関羽。二万の軍勢を僅か三千で押し込むか。」
曹操から見て先陣の左翼を呂布と関羽が内に押し込む形で攻めているのだが、その様子を見た曹操は呂布と関羽を改めて欲しいと思っていた。
「まぁ、あの先陣は所詮捨て駒よ。別動隊が事を成すまで持てばそれでよい。」
曹操が先陣に配したのは、帝の威光を手にした曹操にすりよってきた新参者達だ。
故に曹操は先陣が壊滅しようと構わない。
もし彼等が生き残れば、それはそれで使える者として重用すればよいと考えているので、先陣が圧されている現状を気楽に見物しているのだ。
「しかし孫家は思った程でもないな。呂布と関羽に倍する兵を用いながら支えるので精一杯ではないか。」
曹操はそう言うが、それは酷というものだろう。
呂布と関羽の動きの意味を周瑜が一早く察して対応したからこそ、今も崩れずに持ちこたえているのだ。
そうでなければ少数の孫家は、曹操軍の先陣に押し潰されていただろう。
そうして曹操が楽しみながら眺めていると、やがて先陣の状況に変化が起きた。
先陣の中央が少しずつ前に出る様にして形を変え、矢の様な陣形で袁家の軍とぶつかったのだ。
「ほう、袁紹と袁術の軍に届いたか。これは先陣の者達の奮闘か?それとも…。」
顎に手を当て思考を巡らせる曹操だが、不敵な笑みを浮かべると思考を打ち切る。
「まぁ、どちらでもよいか。そろそろ別動隊が事を成す時間だからな。」
開戦から二刻(四時間)が過ぎようとしていた頃、曹操の耳に喧騒が聞こえ始める。
そして…。
「て、敵襲―――!!!」
本陣から聞こえ始めた悲鳴に、曹操は目を見開いたのだった。
◆
「うしっ!こんなもんだな。」
愛用の矛を肩に担いだ張飛が、打ち倒した曹操軍の別動隊を見ながら喜色の声を上げる。
「しっかし、別動隊が進軍してくる場所まで読んじまうとはなぁ…。」
曹操軍の別動隊が袁家連合の物資集積地を襲撃する事を読んだ徐庶は、張飛を別動隊が進軍してくる場所に伏せさせていた。
そして四半刻(三十分)前、張飛が伏せている場所に無防備に通り掛かった別動隊に、張飛が奇襲を仕掛けて殲滅したのだ。
「まぁ、俺は成す事を成したんだ。後は張遼に任せるとするか。」
そう言うと張飛は役得とばかりに、曹操軍の別動隊が持っていた酒を呷って舌鼓を打つのだった。
◆
騎兵千を率いた張遼が、曹操軍の本陣に奇襲を仕掛けた。
奇襲を受けた曹操軍本陣は混乱し、少数である筈の張遼達に成す術もなく蹂躙されていく。
幾人かの者が張遼を止めようと動くが、その動きを鋭敏に察知した張遼は、率いる騎兵の勢いを殺さぬ様に侵攻方向を変えながら曹操軍本陣の中を駆け抜けていく。
すると、張遼の目に周囲とは意匠の違う鎧を纏った小男の姿が映った。
「あれは…曹操!」
曹操の首をと思った張遼の脳裏に、徐庶の言葉が浮かび上がる。
『張遼殿の役目は曹操軍本陣を適度に荒らして、関羽殿が曹操軍本陣に辿り着くまでの時間を稼ぐ事です。下手に被害を大きくし過ぎると、曹操は損切りをして無理矢理にでも撤退してしまうでしょう。なので、可能な限り将の首は取らないでください。』
張遼は曹操から目を切り馬を駆けさせる。
そして…。
「今はその首、見逃そう。だが関羽殿が合流したその時は、その首…貰い受ける!」
そう叫び駆け抜けていった張遼の背を、曹操は顔を青くしながら見送ったのだった。
◆
『袁家連合と曹操軍の戦』
この戦は出陣した兵が二割しか帰還出来なかった程の曹操軍の大敗で終わったのだが、この戦の後に曹操は次の様に残している。
『奉孝さえいれば、この大敗は無かったであろう。』
この戦の前に曹操の軍師である郭嘉は、日々の不摂生が祟って床に臥せってしまった。
名医である華佗のおかげで郭嘉は一命をとりとめたのだが、もはや戦場に出れる身体では無く、この戦の敗戦の報を聞いた郭嘉は帰還した曹操に暇乞いをしている。
しかし曹操は…。
『奉孝無しにこれからの難局は乗り越えられぬ。戦場に出ずとも、奉孝ならば我を導けるであろう。』
この様に言って曹操は郭嘉を慰留し、戦場で指揮を採る軍師から軍政家へと転身させている。
大酒飲みであった郭嘉はこの後に猛省し、身を改めて曹操に終生仕えたのだった。
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