袁紹と袁術の戦の隙をついて領地を広げてから3ヶ月、密約を結んでいた孫家から劉備の元に孫尚香が数人の供を連れてやってきた。
「あなたが劉備 玄徳様ね。私は孫尚香。よろしくね、旦那様。」
劉備は孫尚香を見て驚いた。
何故なら孫尚香はまだ年若い少女だったからだ。
遠い未来ならば間違いなく国家公務員のお世話になる様な案件だが、今の時代ならば孫尚香ぐらいの年齢の少女が結婚するのは普通である。
だが劉備は仲間達にジト目を向けた。
「いくら家を結び付ける為とはいえ、これはねぇんじゃねぇのか?」
劉備がこう言うのには理由がある。
呂布の妻である貂蝉が出産する際に、王夫妻は女性の出産について幾つか助言を残している。
その助言の一つが、孫尚香の様な年若い少女に出産はまだ早いというのがあったのだ。
「なぁ、徐庶。孫尚香とは婚約じゃいけねぇのかい?」
「なによ、私じゃ不満だって言うの?」
「お前さんみたいな可愛い子ちゃんを嫁にもらうのに文句はねぇさ。でもよ、お前さんはどうなんだい?」
劉備の言葉に孫尚香は目を丸くした。
こんな言葉を言われるとは思ってなかったからだ。
「…正直に言えば、納得してここに来たわけじゃないわ。」
「じゃあ、今すぐに結婚しなくたっていいだろ?」
「でも、あなたと結婚しないと孫家が困るわ。」
家の為に己の意思を抑え込もうとする孫尚香の姿に、劉備は笑みを浮かべた。
「安心しな、孫家との同盟を解消したりしねぇよ。まぁ、色々と面倒な事情があるから今すぐに孫家に帰すわけにもいかねぇんだがな。」
そう言って頭を掻きながら困った様に苦笑いをする劉備を見て、孫尚香はくすくすと笑う。
「まぁ、悪い様にはしねぇからよ、しばらくはおいらの領地で気楽に遊んでいきな。」
「じゃあ、遠慮なくそうさせてもらうわ。」
◆
劉備の領地にやって来てから1ヶ月、孫尚香は歳の近い呂玲綺とよく遊ぶ様になっていた。
時には馬に乗って早駆けをしたり、弓で狩りをしたりと孫家の領地で過ごしていた以上に自由に楽しんでいく内に驚く光景を目にする。
それは孫尚香達以外にも、女性の領民が馬に乗ったり狩りをする姿があったからだ。
孫家の領地にいた頃は、男勝りな孫尚香の行動は何かと小言を言われていたのに、劉備の領地ではそんな孫尚香の行動は周囲から浮いていない。
この事を不思議に思った孫尚香は、呂玲綺に問い掛けた。
「ねぇ、玲綺。劉備様の領地ではこれが当たり前なの?」
「私は産まれた時から劉備様が治める場所で育ってきたから、他の所がどうなのかわからないけど、ここでは女の人が馬に乗ったり弓を使ったりするのは当たり前よ。」
呂玲綺の言葉に孫尚香は驚くが、実は劉備の領地で女性が日常的にこの様な事をする様になったのには理由がある。
それは王貴人が劉備の領地に何度も姿を見せたからだ。
今では伝説の英雄の一人である王貴人だが、彼女は世の女性達に『強い女性としての理想像』の一つとして認識されている。
そんな王貴人の姿を何度も見た劉備の領地の女性達は『私達も王貴人様の様に強い女性になりたい。』と一念発起し、劉備に願い出たのだ。
その願いを劉備が笑って了承した結果、劉備の領地の女性達は家事や仕事の合間に馬に乗ったり、弓の修練をする様になったのだ。
当初はこの光景を懐疑的な目で見ていた男性達だが、呂玲綺を始めとして女性達が男性顔負けの腕前を身に付けだすと、やがて焦りだした。
日に日に武に明るくなっていく女性達。
このまま行けば、やがて宴の席で女性を口説く為に武功で見栄を張っても通じなくなるだろう。
例え口説きに成功したとしても、その後は強い女性の尻に敷かれる未来が待っている。
一部の男性諸兄はそれも悪くないと満更でもなかったが、多くの男性達は負けられないと奮起した。
そうした結果、劉備の軍は中華でも屈指の精強な兵を手に入れたのだ。
「へぇ、面白い所ね。」
「気に入った?」
「うん。私、劉備様に嫁ぐわ。」
そう心を決めた孫尚香は、徐庶達と今後の相談をしている劉備の元に突撃するのだった。
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