蜀の地を目標として色々と準備を進めていた徐庶に、法正は来客があると告げた。
「法正殿、来客とはどなたで?」
「会えばわかりますよ。」
含み笑いをしながら歩き出す法正に首を傾げる徐庶だが、来客を待たせてはいけないと法正に続く。
そして来客を待たせている部屋に辿り着いた徐庶は、そこにいた人物を見て目を見開いた。
「母上?!」
驚きの声を上げながら徐庶は小走りで母に近付く。
「何故に母上がここ…。」
徐庶は最後まで言葉を発する事が出来なかった。
何故なら、母の拳骨が頭に落ちたからだ。
「な、何をなさるのですか、母上?」
「まだ私がここにいるわけがわかりませんか?」
母の言葉に徐庶は首を傾げてしまう。
「はぁ…昔から遠くはよく見える子でしたが、相変わらず足元が見えない様ですね。」
「足元?…!?」
事を察した徐庶は驚いて目を見開く。
「どうやら気付いた様ですね。法正様と王士郎様、そして王貴人様に感謝するのですよ。法正様が事を読み、王士郎様と王貴人様に頼んで私をここに連れてきてくだされたのですからね。」
徐庶は母の後ろにいる人物達に目を向ける。
そこには士郎と王貴人の姿があった。
徐庶は二人に包拳礼をする。
「母をお救いくださり、真に感謝御礼を申し上げます。」
「私達は法正に頼まれたから動いたに過ぎんよ。」
「感謝をするのなら、私達に臆せずに頼み事をした法正にするといい。」
士郎と王貴人の言葉に、徐庶は法正に振り返って包拳礼をする。
「礼なら言葉よりも酒がいいですな。」
法正の言葉で場は笑いに包まれたのであった。
◆
曹操による徐庶の調略が失敗してから数年、劉備は順調に勢力を伸ばしていた。
この勢いならばそう遠くない内に蜀の地に手が届くだろう。
孫家は袁術との戦では連戦連勝だったが、戦で得た領地の統治に苦戦し、孫家の軍師である周瑜の思惑通りには勢力を伸ばせていない。
これは長年、袁術の勢力下に置かれていた事で、かつて孫家が支配していた元領地への影響力が無くなってしまっていたからだ。
一から関係を作り直していれば大きな問題は無かったのだが、かつての影響力を宛にしていた孫家とそんなものなど知らぬという元領地の有力者との認識の違いが、両者の関係を微妙なものにしてしまった。
この関係改善に足を引っ張られて孫家の勢いが止まってしまった事で、袁術は態勢を整えるための時間を得る事が出来た。
これにより孫家と袁術の戦は膠着状態に入る。
曹操と袁紹の戦は袁紹が優勢であった。
幾度も戦を仕掛けた曹操だが、強大な袁家は中々崩れない。
そこで曹操は帝の名を使って袁紹と休戦協定を結んだ。
袁家が内部争いで弱るのを待つのが狙いだ。
この狙いは嵌まり、袁家の各名家は各々が推す袁紹の後継者を立てて内部争いを始めた。
これは袁紹が後継者を指名すれば収まる事なのだが、優柔不断な袁紹は後継者を決めきれない。
日々の後継者争いで袁家の政は滞り、その力は徐々に弱まっていった。
後数年も経てば、曹操の力は袁紹の首に届くだろう。
その時を楽しみに、曹操は袁家以外の諸勢力へと手を伸ばすのだった。
◆
「胃の調子は如何ですかな、公孫瓚殿?」
「華佗殿の薬のおかげで万全だ。趙雲殿との酒に付き合える程にな。」
「それは朗報ですな。」
とある地にて領主を務める公孫瓚と気楽な様子で会話をするのは、客将の趙雲である。
客将でありながら公孫瓚軍をまとめる趙雲は、それだけ公孫瓚に信頼されているのだ。
「して、曹操からはなんと?」
「降れ、と文を送ってきた。」
公孫瓚が片手に持つ文の送り主は曹操だった。
袁紹と休戦協定を結んだ曹操は、その野心を公孫瓚に向けてきたのだ。
「返答は?」
「否。」
「では、戦ですな。」
公孫瓚と曹操の勢力差を比べれば、公孫瓚が戦を考えるのは愚かしい程に差がある。
では何故に公孫瓚が曹操と戦う事を決意したのか?
それは異民族が関係している。
公孫瓚が治める領地の代々の領主は、この異民族と戦い続けてきた。
これは異民族が食うために中華の地に奪いにきていたのだが、公孫瓚が領主となってからのある日を境にピタリと止んだ。
この異民族の侵略が止んだのには、実は二郎と王夫妻が関係している。
二郎が農作に適さない異民族の地を肥沃な地に変え、王夫妻が農作の知識や技術を与えたのだ。
これにより奪う必要がなくなった異民族は、中華への侵略を止めたのだ。
異民族の侵略が止んだ当初、公孫瓚は異民族が滅んだのかと訝しんだが、とある日になると異民族の代表が公孫瓚に交易を申し出てきた。
これは両者の関係改善を考えて王夫妻が異民族に提示した策である。
異民族の申し出に驚いた公孫瓚だが中華の外との交易は益があると考え、配下の有力者達を説得し異民族の申し出を受け入れた。
それからは友好な関係を結んで異民族と共に歩んできた公孫瓚は、やがて異民族の族長の娘を娶り今日に至る。
ついでとばかりに趙雲も異民族の娘を娶る事になったが、趙雲はそれもよしと豪快に笑った。
では、何故に曹操の申し出を断る事に異民族が関係しているのか?
答えは公孫瓚が降る為の条件として、曹操が異民族の女を差し出す事を求めたからである。
妻となった者の部族の女を差し出す。
そんな事は公孫瓚には許容出来なかった。
もちろん義に厚い趙雲も同様である。
それ故に、事ここに至っては戦うしかないと公孫瓚は決意したのだ。
「失礼しますぞ。」
そんな覚悟を決めた公孫瓚の執務室に、不意に華佗が来訪した。
「おぉ、華佗殿、如何された?我等はそう遠くない内に曹操と戦をする事になる。出来るだけ早く立ち去られる方がいい。」
「その事なのですが、一ついいですかな?」
「何かな?」
華佗は笑みを浮かべながら言葉を発した。
「一緒に逃げませぬか?」
思わぬ華佗の誘いに、公孫瓚と趙雲は大いに驚いたのだった。
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