「哮天犬、俺はしばらくケルトに行ってくるから、自由にしてていいよ。」
「ワンッ!」
哮天犬が一哮えして返事をすると、二郎は虚空瞬動で空を駆けていった。
一人(一匹)残された哮天犬はどうしようかと首を傾げて考える。
少しして考えがまとまったのか、目的のものの匂い嗅ぐと、一噛みして虚空に穴を開けてそこに飛び込んだのだった。
◆
「哮天犬か、どうした?いや…くわえているものを見れば用件はわかるか。」
そう言って苦笑いをする者は士郎である。
「それで、蛟を使って料理を作ればいいかね?」
「ワンッ!」
哮天犬は蛟の身体の一部をくわえながら器用に哮える。
「味付けは醤油か?味噌か?」
「ワンッワンッ!」
二度哮えて後者である事を訴える。
「わかった。私と王貴人も食事はまだだ。一緒に食べるとしようか。」
「ワンッ!」
嬉しそうに哮天犬が尻尾を振ると、士郎は笑顔でエプロンを投影したのだった。
◆
腹拵えを終えた哮天犬は気ままに散歩を始めた。
先ずは桃源郷に脚を運ぶ。
「あらぁん?哮天犬ちゃんじゃなぁい。楊ゼン様はいらっしゃらないのねぇん。ざんねぇん。」
妲己は心底残念そうにため息を吐いたが、哮天犬を可愛がる様に頭を撫でる。
「む?おぉ、哮天犬か。よくきたのじゃ。」
何者かが桃源郷に来たことに気付いた竜吉公主は素早くやって来ると、そこで妲己に撫でられている哮天犬の姿を発見した。
「遅かったわねぇん、竜吉公主ちゃん。」
「妾は妲己と違って鼻が利くわけじゃないからのう。」
軽い言葉のじゃれあいをしながら二人は哮天犬を愛でていくのであった。
◆
しばし桃源郷でゆっくりとした哮天犬は次にウルクの理想郷に飛んだ。
「いらっしゃい、哮天犬。」
「ワンッ!」
エルキドゥに鼻筋を撫でられた哮天犬は嬉しそうに尻尾を振る。
「行こう、哮天犬。向こうでギルが待ってるよ。」
「ワンッ!」
エルキドゥが背に腰をかけると、哮天犬はギルガメッシュがいる所に向けてゆっくりと歩き出す。
「よく来たな哮天犬。我自ら歓迎してやろう。」
生前と変わらぬ王としての威を放つギルガメッシュは、不敵に微笑みながら哮天犬を出迎える。
そしてギルガメッシュが『蔵』から数多の美酒、美食を取り出すと、エルキドゥが阿吽の呼吸で並べていった。
その光景を見て哮天犬は千切れんばかりに尻尾を振る。
「さぁ、宴を始めるぞ!」
ギルガメッシュの号令で哮天犬は美酒、美食を貪っていく。
その勢いはいつかの時代に現れるであろう腹ペコ美少女にも負けぬものだ。
宴が始まりしばらく経つと、ギルガメッシュは酒を片手に鼻を鳴らす。
「フンッ!やはり二郎は来ぬか。」
「他所の理想郷には、たとえ神々でも気軽に足を運ぶわけにはいかないからね。仕方ないよ。」
『星』が用意する理想郷は、その土地の英雄達が行き着く魂の安らぎ場である。
故に『星』や『世界』によって神々でも越えられぬ程の強固な結界が張られており、第2魔法を行使出来る様な者でなければ、他所の理想郷に入る事は難しいのだ。
では何故に哮天犬がウルクの理想郷に入る事が出来ているかというと、ギルガメッシュやエルキドゥの臭いを辿って、空間を噛んで穴を開けて通り抜けているからだ。
こんな無茶が出来る神獣は、世界広しと言えども哮天犬ぐらいである。
「我の庭に友の来訪を拒む扉なぞ無い!」
「その通りだけど、二郎が来たらアヌが頭を抱えるはめになるだろうね。」
「抱えさせればよかろう。その様な些末な問題なぞ、奴等にやらせればよい。」
神を神とも思わぬギルガメッシュの発言に、エルキドゥはクスクスと笑う。
「それじゃ、哮天犬。次は二郎も連れてきてね。」
「ワンッ!」
ギルガメッシュ達が和やかに宴をしていたその時、ウルクの神々が頭を抱え始めたのだった。
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