「遅いぞ、二郎!二千年も我を待たせるとは何事だ!」
哮天犬の背に乗って『世界』の外にあるギルガメッシュの『座』にやって来た二郎は、出迎えてくれた友に笑みを浮かべた。
「俺が来るってよくわかったね、ギルガメッシュ。」
「ここは我の庭ゆえ何者かがやって来ればすぐにわかる。それが二郎であるとわかった故、我自らこうして出迎えてやったのだ。」
およそ二千年前の記憶にある老いた姿ではなく、かつてエンリル討伐の際の若き日の姿のギルガメッシュを目にした二郎は、その日の事を鮮明に思い出す。
「さて、二千年振りの再会を祝して飲もうか。」
「ふんっ!我を二千年待たせたのだ。生半可な酒では許さぬぞ。」
そう言って背を向けて歩き出したギルガメッシュを見て、二郎はクスクスと笑ったのだった。
◆
エルキドゥとも再会を果たした二郎は宴を楽しんでいった。
その宴の中でエルキドゥがこの『世界』を原典に変えた冒険を語っていく。
「並行世界のギルガメッシュが暴君だったとは、こうして当人から聞いても中々信じられないね。一度見てみたかったなぁ。」
「あのギルじゃあ、二郎も友にならなかったと思うよ。」
二郎とエルキドゥの会話をギルガメッシュは苦虫を噛み潰した様な表情で聞いている。
聡明なギルガメッシュは己も暴君となる可能性があった事を認識しているからだ。
「そうだ。ギルガメッシュとエルキドゥ、桃源郷に遊びにくるかい?年中、桃の花が咲き乱れて綺麗な所だよ。」
「へぇ、ギル、行ってみない?」
二人の問い掛けにギルガメッシュは手にしていた杯を干してから答える。
「二郎が選んだ英雄を見るのも一興か。」
ギルガメッシュがそう言うと、エルキドゥは嬉しそうに微笑みながらギルガメッシュの杯に酒を注ぐのだった。
◆
二郎がギルガメッシュの『座』に訪れていた頃、中華では屈指の有力者であった劉表が滅んだ。
黄忠と厳顔という名将を有していた劉表でも、孫権と劉備の連合軍には抗しきれなかったのだ。
この戦で孫権は劉表が治めていた土地を手にし、劉備は黄忠と厳顔という名将を仲間に加える。
土地を手にした孫権と人を求めた劉備の選択が、この後の両家の行く末を決めたと後世の歴史家は語る。
こうして中華の南が劉備と孫権の二人によって治められる様になった頃、北の覇者である曹操は涼州を降し、中華の北方全てを己の支配下へと置いた。
名実共に中華の覇者となった曹操だが、彼の野心は終わらなかった。
中華を完全に己の物とするべく、曹操は次の一手を打った。
その次の一手とは、漢王朝の帝に帝位を禅譲させたのだ。
これは劉備や孫権の下にいる民の心を揺さぶる事を目的とした一手だ。
この曹操の動きに機敏に反応したのは周瑜だ。
周瑜は孫権を説得し、孫家の独立王朝を掲げる。
民の動揺を抑えると共に、勢力下にある有力者達の動揺も抑える為の一手だ。
中華の三大有力者の内の二人がそれぞれの王朝を築く中で、劉備は王朝を造らなかった。
元々は一介の民であった劉備にとって、今日を生きる為の飯と明日を生きる為の仕事を与えてくれるのならば、支配者など誰でもいいという考えがあるからだ。
曹操と孫権の動きは権力や権威の中で生きる有力者達には有効に働いた。
だが、立身出世を望む一部の民には受け入れられても、その他の多くの民には好意的には受けとめられなかった。
むしろ野心が透けて見え、怖れられてしまった。
これらの人々の心の機微を察した曹操は、動かなかった劉備に心の中で舌打ちをした。
漢王朝の帝から正式に帝位を禅譲させた己とはっきりと敵対したわけではないので、劉備討伐の大義名分を得る事が出来なかったからだ。
そこで曹操は孫家に宣戦布告をする。
これにより孫家から嫁をもらった劉備もはっきりと敵対すると予測したからだ。
曹操の宣戦布告より3ヶ月後、後の世で『赤壁の戦い』と呼ばれる大戦が始まったのだった。
◆
「…くそっ!」
闇夜を照らし出す炎を背に、曹操は必死に馬を駆けさせる。
孫家を潰す為に用意した大船団は炎に燃え、混乱の中で側近や配下の将達は散り散りになってしまった。
「何故だ!何故天は俺を選ばぬ!?」
慣れぬ土地と慣れぬ水上での戦だったが、風上に陣取り敵の奇襲を防ぎ、さらに圧倒的な戦力差を用意した今回の戦は勝利は疑いない筈だった。
だが気紛れに吹いた逆風が全てを台無しにしてしまった。
曹操でなくとも理不尽を嘆くだろう。
「まだだ!まだ俺は終わらぬ!逃げ切って…中華を完全に俺の物にしてみせる!」
燃え盛る船上から陸上に上がった曹操は馬に乗って近衛の者達と逃走をしたのだが、その道中にまるで見計らったかの様に劉備に仕える将達が待ち構えていたのだ。
張飛、張遼に強襲された時は近衛を即座に殿にして逃げた。
関羽と目が合った時は死を幻想しながらも全力で逃げた。
もちろん曹操はただ逃げていたわけではない。
己の中の理を尽くして逃走経路を選択しながら逃げている。
だがその逃走先を尽く読まれてしまっているのだ。
「郭嘉が言い残した通りか…。」
涼州を統べて曹操が中華の覇者となったのを見届けた後に、郭嘉は満足そうに微笑みながら亡くなった。
その時に郭嘉は次の様に言い残している。
『殿、先ずは内を治めなされ。それを怠れば、曹家は滅びの憂き目に会うでしょう。』
曹操がこの言葉を思い出していると、逃走を続ける曹操の前に呂布が姿を現した。
曹操は笑った。
己の命運が尽きた事を理解したからだ。
馬の背から下りた曹操は地に腰を下ろす。
「呂布よ、最後に一杯やってもよいか?」
呂布が頷くと、曹操は腰に吊るしていた竹の水筒を手に取る。
ぐいっと喉を潤すと、曹操は水筒を天に掲げる。
「こうして最後を迎えてみれば、道半ばで終わるのも悪くない気分だ。」
己が全てを尽くして迎えた最後だ。
ならば笑って逝こうと曹操は竹の水筒を口にする。
そして水筒を干した曹操は満面の笑みを浮かべながら天を仰いだ。
「天よ、いい夢を見させてもらった。」
こうして稀代の英雄である曹操の人生は幕を閉じた。
後年、劉備は曹操こそが真の英雄であったと語っている。
稀代の英雄である曹操が舞台から去った事で、いよいよ乱世は終わりへと向かうのだった。
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