side:アルトリア
あぁ…これが幸せというものなのだろうか?
腹が満たされるという初めての感覚に、私は身も心も委ねてしまっている。
はしたなくも足を投げ出してしまっているが、蛟の肉が美味しかったのがいけないのだ。
あれは私でなくともお腹一杯になるまで食べてしまうに決まっている。
「どうやら腹が膨れて落ちついた様だね。」
青髪の男性の言葉で私の意識はアヴァロンから現実へと戻ってきた。
この方にお礼を…そういえば、まだこの方のお名前を知らなかった。
なんとあるまじき失態。
これというのも蛟が美味し過ぎるのがいけない!
美味し過ぎるのがいけない!
…機会があれば、また食べさせてもらえないものでしょうか?
「私はアルトリアという者です。姓は故あって軽々に名乗るわけにはいかないので、どうかご容赦を。」
名を名乗って頭を下げる。
王となるべく教育されている私は軽々に頭を下げたりしてはいけないと教わっていますが、私の勘(胃)がこの方には礼を尽くすべきだと言っています。
なので言葉遣いも改めましょう。
「アルトリアか、よろしくね。俺はゼン。字だよ。俺の所では名を預けるのは魂を預けるのと同義という教えがあってね。故に己が認めた者にしか名を教えないんだ。まぁ、アルトリアも姓を名乗らなかったからお相子ってことで。」
「はい、よろしくお願いします、ゼン。」
改めて挨拶をすると、ゼンはニコリと笑顔を浮かべた。
むぅ…どうもゼンの笑顔を見ると調子が狂ってしまいます。
嫌ではないのですが、こう…何故か気持ちが浮わついてしまうのです。
「ところでアルトリア、一つ聞いていいかい?」
「はい、何でしょうか?」
「食事前にも聞いた事だけど、何故君は涙を流しながら剣を振っていたんだい?」
そういえば、その事を問われていましたね。
けして忘れていたわけではありません。
ただ、ちょっと蛟の肉の余韻に浸っていただけです。
「それは…。」
時がくるまで私がウーサーの子である事を言ってはならないと言い付けられています。
そしてウーサーの後を継いで王となる事もです。
ゼンにどう答えるべきか悩んでいると、ゼンが微笑みながら口を開く。
「もしかして、あそこで姿を隠している者のせいかい?」
ゼンが一本の大きな木を指差しながらそう言う。
そこには確かに誰もいなかった。
しかしそこの景色が歪んだ次の瞬間、そこにはマーリンの姿があった。
「マーリン!?」
驚きの声を上げながら違和感に気付く。
マーリンの何かがおかしい。
「アルトリア、そこの御仁から離れてこっちに来なさい。」
声に余裕がない?
そこではっきりと気付いた。
常に胡散臭い笑みを浮かべているあのマーリンが、笑みを浮かべずに真剣な表情をしている事に。
「へぇ、人と夢魔の子か。神秘が薄れたここ最近、あまり見かけなかったなぁ。」
ゼンの言葉であのマーリンが冷や汗を流している。
こんなマーリンの姿は初めて見ました。
「その子は私が面倒を見ている者だ。こちらに渡してくれ。」
「アルトリアは涙を流しながら剣を振っていた。その涙を流す何かを強要しているだろう君に、アルトリアを引き渡せというのかい?」
マーリンとゼンの間に剣呑な雰囲気が流れ始めました。
…いけない!
「ゼン!私なら大丈夫です!だから、ここは引いてください!」
「どうしてだい?アルトリアは彼に涙を流す様な事を押し付けられているんだろう?」
ゼンの言葉でマーリンが私に向けてくる視線が強くなります。
「アルトリア、君の使命は何か、忘れていないよね?」
ウーサーの後を継ぎ、ブリテンを救う。
それがブリテンの為になり、ブリテンに生きる人々の為になる。
そうマーリンや養父に言い付けられてきました。
そしてその為に日々研鑽を積み続けてきました。
感じる疑問を胸の奥にしまいこんで…。
ですがその疑問は、日常を生きる人々の姿を見た私の心を揺さぶり、涙となって溢れてしまいました。
そんな時です。
ゼンが私の前に現れたのは。
養父や義兄にも向けられた事がなかった暖かな笑顔を向けてくれた。
身も心も満たしてくれる美味しい料理を振る舞ってくれた。
日を追う毎に削られていった私の心を…ゼンは癒してくれた。
そんなゼンに迷惑は掛けられません。
「もちろん、忘れていません。ゼン、ありがとうございます。」
そう言ってマーリンの元に歩き出そうとすると、誰かの手が私の肩に置かれました。
振り返り手の主を確認すると、そこにはゼンの姿がありました。
「そんな泣きそうな顔をしてるのに、放ってはおけないよ。」
ゼンのその言葉がとても嬉しい。
ですが貴方に迷惑を掛けたくは…。
そう思ったその時、私の直感が危険を察知した。
「ゼン!」
彼を庇おうと一歩踏み出そうとしたのですが、逆に私が彼の腕の中に庇われてしまいました。
そしてゼンは私を抱えたままその場を飛び退くと、マーリンが放ったであろう魔術が通り過ぎました。
「いきなり攻撃してきて、どういうつもりだい?」
ゼンの問い掛けに答える様に、マーリンは彼に杖を向ける。
「マ、マーリン待ってください!今すぐそちらに…。」
「大丈夫だよ、アルトリア。」
そう言ってゼンは私の頭を撫でてから離れました。
「いけません!養父がマーリンの魔術は騎士の一軍に比すると言っていました!」
「騎士の一軍に?へぇ、少しは楽しめるかな?」
暖かな笑みを崩さずにゼンはマーリンと向き合います。
するとマーリンは数十にも及ぶ魔術をゼンに向けて同時に放ちました。
あっと思う間もなく、数十の魔術がゼンに殺到します。
数十の魔術がゼンの身を穿つ光景を幻視しました。
ですが、そうはなりませんでした。
なんとゼンは虫でも払う様に、マーリンの数十の魔術を片手で打ち払ったのです。
…え?
「これで騎士の一軍に比するのかい?だとすると、この地の騎士は『フィアナ騎士団』と比べて随分と劣るんだね。」
え?フィアナ騎士団?
ケルトの伝説に残る騎士団の事ですよね?
私が考えている間もマーリンは絶え間なく魔術を放ち続けていますが、ゼンはその場を一歩も動かずに魔術を打ち払っています。
えっと…魔術ってそういう風に打ち払えるものでしたっけ?
ふとマーリンに目を向けると、そこには見たことがないくらいに必死の形相のマーリンがいました。
その事が私の混乱に拍車をかけます。
「まぁ、いいか。そろそろ終わりにしよう。」
ゼンがその言葉を言った次の瞬間、ゼンの姿は消え、マーリンの懐に踏み込んでいました。
マーリンは驚きの表情を浮かべながら何かをしようとしますが、その次の瞬間にはマーリンの目から光が消え、地面に崩れ落ちました。
えっ?一体、何が…?
「彼は殺してないから安心していいよ、アルトリア。」
そう言ってゼンは私に笑顔を向けてくれたのでした。
…えっと、私はどうすればいいのでしょうか?
これで本日の投稿は終わりです。
原作をあまり知らないのでとりあえず腹ペコ女騎士を妄想しながら書いたのですが、こんな感じで大丈夫でしょうか?
また来週お会いしましょう。