side:アルトリア
フランスからブリテンに戻った私とゼンは、養父と義兄を交えて今後の事を話し合います。
「やはりこの地は貧しいね。神秘の影響も大きいけど、それと同時に農の技術も不足している。」
「私もそれは感じました。少し見ただけですが、フランスではこの地程に飢えはない様に思いました。」
私達の言葉に養父と義兄が唸り声を上げます。
二人ともこの地が裕福ではないと知っていた様ですが、海の外の事までは知らなかった様ですね。
「ゼン様、ブリテンをより良い滅びに導くにはどうすれば…?」
「俺の見立てでは問題は3つ。1つは農の技術の普及。神秘やこの地の動乱の影響があるから一朝一夕には終わらないだろうね。」
養父の問いにゼンはそう答えました。
ゼンがそう言うのならばかなりの難事なのでしょう。
ブリテンが滅びるまでに成せるのでしょうか?
「2つ目の問題はローマだ。これは特に大きな問題だね。今はこの地を取っても大した旨みがないから放置されているけど、ブリテンをより良い滅びに導く過程で旨みを見出だされたら、間違いなくローマはこの地に介入してくるだろうね。」
ゼンとの見聞の旅で知ったのですが、周辺諸国の中で最も大きな国がローマです。
技術、経済、兵力、文化のどれを取っても桁外れでした。
ローマを知った今では、この地の貧しさがより一層際立って見えてしまいます。
ブリテンがこの地を統べたとして、マーリンはローマをどうするつもりだったのでしょうか?
おそらくは何も考えてなかったのでしょうね。
今ならわかります。
マーリンの考える理想の王ではどうにもならなかったと。
…そういえば、マーリンはどうしたのでしょうか?
「養父上、義兄上、マーリンは?」
「出ていった。」
義兄が鼻息荒く一言で答えます。
そんな義兄をたしなめて、養父がしっかりと答えてくれました。
「アルトリア、お前がゼン様と見聞の旅に出た後にマーリンは目覚めたのだが、そこでマーリンは我々に今一度お前を理想の王にする様に話してきたのだ。」
それは…。
「もちろん断った。」
養父の言葉に安堵の息を吐きます。
「だが、我々が断るとマーリンは実力行使に出ようとした。」
「大丈夫だったのですか?いえ、今の御二人を見れば無事だとはわかるのですが…。」
養父が不敵に笑います。
「如何に戦場を離れて久しいといえど、ゼン様に魔術を封じられ身体強化すら出来ない魔術師に遅れを取る程、私は衰えたつもりはないぞ。まぁ、マーリンを打ち据えた時にどこからか変な獣の鳴き声が聞こえたがな。」
養父は誇らしげに胸を張っています。
義兄はそんな養父を見て苦笑いです。
「ゼン様、そういうわけでマーリンは捨て置いたのですが…よろしかったでしょうか?」
「封じた状態でも魔術を使う方法はあるからね。出来ればヴォーティガーンか湖の乙女に預けて、『あれ』を外界から隔離しておきたかったかな。」
ゼンの言葉を受けて、養父が謝罪の為に頭を下げました。
「申しわけありません。浅はかな行動でした。」
「いざとなれば哮天犬に捕まえてきてもらうから気にしないでいいよ。哮天犬の鼻からは、たとえ神でも逃げられないからね。」
ゼンに誉められた哮天犬が嬉しそうに尻尾を振っています。
撫でてあげましょう。
…むっ?
私が撫でると、哮天犬は尻尾を振るのを止めてしまいました。
残念ながら、私はまだ哮天犬に認められていないようですね。
いいでしょう。
いずれ必ず認めさせてみせます。
「さて、とりあえず『あれ』の事は置いておくとして、3つ目の問題は異民族がこの地に侵略してきている事だね。たしかピクト人とサクソン人だったかな?」
ゼンの言う通りに、この地はピクト人とサクソン人から侵略を受けています。
奴等は村や町を襲うと、食料を奪い女を攫います。
後に残るのはボロボロにされた村や町跡のみ。
故にこの地に在る各国は、借金をしてまで軍備を整え奴等を討とうとしているのです。
「これらの問題を解決するには、一度この地を統べる必要があるかな。この地を統べて農の問題と異民族の問題を解決する。そしてローマに目をつけられる前に統べた国を解体。これが理想的な形だろうね。」
国を統一し、農の問題を解決して、更に異民族を排すればこの地を豊かになるでしょう。
ですが、この地が豊かになればローマが黙っていません。
かの国は大国です。
如何にこの地が裕福になっても国力が違い過ぎます。
抗ってもあっという間に潰されてしまうでしょう。
そこで統一した国を解体し、現在の小国群に戻してしまうのです。
統一された国ならば王一人を降すか倒せば戦は終わります。
ですが小国群ならばどうでしょうか?
一国一国に調略や侵略をするのは非常に手間が掛かります。
更に海という大きな隔たりがある以上、例えこの地の支配者にローマ人を据えても反逆等に気を付けねばなりません。
労が多くその後が大変なのです。
なのでローマの脅威にならぬ小国ならば放っておくと考えても不思議ではありません。
ここまでして漸くこの地に平穏が訪れるのです。
もちろんその様な事は関係なく、この地はローマに支配されてしまうかもしれません。
ですが、これ以上の事は私達では考えられません。
これが最善なのでしょう。
それにマーリンの考えではたとえ内部争いで滅ばずとも、確実にブリテンはローマに滅ぼされてしまったでしょう。
理想の王などという救いのない役目を背負わずに済んで本当によかったです。
「ゼン様、神秘の影響とおっしゃられていましたが、それはどうなさるのでしょうか?」
「神秘は俺の方でなんとかするから気にしないでいいよ。元々この地に来た理由はそれだからね。」
養父の問いにゼンは気軽に答えました。
ゼンが言うなら本当になんとかするのでしょうね。
そうなると…。
「私達はこの地を統一する事を考えればいいのですか?」
「そうだね。ロット王や白き竜の化身の力を借りれば、この地の統一はさほど難しくはないと思う。俺の見立てでは10年もあれば終わるよ。それよりも農の技術の普及と異民族の排除の方が問題だ。これは色々と時間が掛かる。それこそ孫の代までかかる難事だろうね。」
ブリテンをより良い滅びに導くのは三代に渡る難事ですか…。
正直に言って、そこまでブリテンの状況が酷いとは思いませんでした。
ですが騎士の誇りを残す為ならば、それほど悪い苦労ではないと思います。
「さて、ここまではいいかい?それで君達に聞きたいんだけど、この地を統一する王は誰にするかな?」
その言葉を受けて、私達は首を傾げました。
「ゼンが決めるのではないのですか?」
「君達は騎士の誇りを残したいのだろう?ならば神の言葉であろうと流されずに、君達自身で決断するべきだ。まぁ、ここまで関わった以上は手助けするけどね。」
私達家族は顔を見合わせます。
ゼンの言う通りだと思いますが、王を誰にするかなど直ぐに決断出来るものではありません。
「ロット王に頼むもよし。モルガンの子…つまりアルトリアの甥に頼むもよし。ヴォーティガーンに頼むもよし。あるいは…。」
そう言ってゼンは私を見てきます。
後で思い返せばこの時に決めていたのかもしれません。
マーリンに言われるがまま誰かの為に王になるのではなく、私自身の意思で王になるのだと。
後世ではブリテンを滅ぼした愚かな王と蔑まれるかもしれません。
たとえそうだとしても、私は誰に憚ることなく堂々と胸を張ります。
何故ならこれは、私が自らの意思で踏み出した第一歩なのですから。
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