side:アルトリア
ブリテン解体から一夜が明けました。
今の私は王ではありません。
その事に少し寂しさを感じていますが、それ以上に幸せを感じています。
何故か?
それは…。
「おはよう、アルトリア。」
目を覚ませば隣に愛する人の姿があるからです。
「おはようございます、二郎。」
約束を果たした昨夜、私は二郎の女にしていただきました。
数十年越しの想いが叶った今、私は幸せで一杯です。
一人の女に戻った私ですが、まだ二郎と共にブリテン島を去るつもりはありません。
少なくとも円卓の皆がアヴァロンに旅立つまでは見守るつもりです。
ですが、その前にやっておきたい事があります。
それは…マーリンに会っておく事です。
「今日はマーリンに会いにいくのですよね?」
「うん、そうだね。でもその前に朝飯にしようか。」
そう言って彼が寝台から抜け出すと、一糸纏わぬ身体が目に入ります。
神の造形美に加えて鍛え上げられたその身体は、私の目を惹き付けて離しません。
思わず昨夜の事を思い出してしまいます。
「どうしたんだい、アルトリア?」
…ハッ!?
「な、なんでもありません!それより早く食事をしましょう!」
「相変わらず食べるのが好きだね。」
微笑む彼を見て顔が熱くなります。
うぅ…幸せですが、少し恥ずかしいです。
◆
side:アルトリア
朝食を終えた私は二郎と共に湖の乙女を訪ねました。
彼女が確保しているマーリンと会う為に。
とある場所に通されると、そこには憔悴した様子のマーリンがいました。
む?どこからか変わった獣の鳴き声が聞こえた気が…。
私を見た彼は首を傾げます。
数十年振りですので私を忘れたのでしょうか?
「既に王でなくなった君に興味は無い。すまないが帰ってくれないか。」
目に大きな隈が出来ている彼の姿からは、かつての胡散臭さが欠片も感じられません。
あの日から寝る間も惜しんで考え続けていたのでしょう。
その答えは出たのでしょうか?
「では、帰る前に1つだけ聞かせてください。マーリン、貴方の考えていた理想の王とは、ブリテン島という『小さな世界』だけのものだったのではないですか?」
「…そうだね。」
昔の私には何故に彼がローマの事を思い付かなかったのかわかりませんでしたが、王としての経験を得た今の私ならばその理由が少しだけわかります。
命を失う危険を犯し、海の向こうにあるかどうかもわからない何かを求める筈がない。
利や理で考えれば当然の事なのでしょう。
ですが人は時に利や理が無くとも心で動く事があります。
ベイリンがそうでした。
破滅を招く呪いが掛けられていると湖の乙女に告げられても、彼はあの剣を求めました。
私や円卓の騎士達の忠告を一切聞かず、決してあの剣を手放そうとはしませんでした。
皆を巻き添えにするわけにはいかないのでブリテンを追放すると告げても、あの剣を手放さなかったのです。
そしてブリテンから追放された彼は、最後には湖の乙女が告げた通りに破滅を迎えてしまいました。
そういう利や理を無視した人の行動が、マーリンには理解出来なかったのでしょう。
二郎と出会えたのは本当に幸運でした。
もし出会えていなければ、今の様に綺麗にブリテンを解体する事は出来なかったでしょう。
私の言葉を聞きながらも、マーリンは私の目を見てきません。
ずっと虚空を見ています。
「…帰りましょう、二郎。」
「いいのかい?君が望めば『これ』は処分するよ。」
「構いません。彼のおかげと言っていいのかはわかりませんが、貴方と出会えたのですから。」
そう言って彼の前を去ります。
そしてその帰り道、二郎に1つ聞いてみました。
「二郎、マーリンの呪いは二度と解けないのですか?」
「魔術的に解くのは神でもなければ不可能だろうね。でも、ある一言を心から言えば解けるよ。」
「その一言とは?」
そう問うと、二郎は笑みを浮かべて答えました。
「悪いことをしたら何て言えばいいのか、教えてもらわなかったかい?」
後日、湖の乙女から呪いが解けたマーリンは何処かへ去ったと聞きました。
マーリン、貴方の謝罪の言葉…受け取りました。
◆
『おや?ここに人が来るなんて珍しい。』
『君を元の場所に帰す事は出来るけど、その前に私の話を聞いてくれないかな?』
『では、王の話をしよう。』
『可憐で、気高く、偉大な王…アーサー王の話さ。』
『知っている?それは嬉しい事だ。』
『では代わりに悪の魔術師マーリンの話をしよう。』
『かの偉大な王にバッドエンドを迎えさせようとした、愚かな僕の話をね。』
次の投稿は15:00の予定です。