前回、ブリテン編完結と言ったな?
すまぬがもう少しだけ続くんじゃ。
二郎の恋人となり中華にやって来たアルトリアは1ヵ月程経つと、桃源郷に足を運んだ。
そこでアルトリアは生前に二郎と関係を持った妲己と竜吉公主の二人に出会う。
三人が仲良くなるのには時間が掛からなかった。
だが妲己のある発言がアルトリアと竜吉公主の心を刺激し、三人は一触即発の状況になったのだった。
◆
side:士郎
「尚(太公望)、これはどういう状況なのだ?」
久し振りに会った四不象(スープーシャン)に呼ばれて王貴人と共に桃源郷に来てみれば、何故かそこには修羅場が存在していた。
そしてそこにいた友の尚に問い掛けてみれば、困った様に苦笑いを返された。
「原因は妲己の言葉よのう。」
「妲己の?」
「うむ。妲己が突然『一番最初に出会った私が楊ゼン様の正妻よねん♡』と言ってのう。」
思わず眉間を揉んでしまう。
「妲己姉様らしい言葉だが…。」
王貴人が苦笑いをしながらそう言う。
私も妲己らしいとは思うのだが、わざわざ二人に喧嘩を売る様な発言は勘弁願いたい。
「一応聞いておくが、私が呼ばれた理由は?」
「万が一の時は三人を止めてもらおうかと思ってのう。」
察してはいたが、聞きたくなかった。
華陀も連れてくればよかったと心から思う。
主に私の胃のために。
「努力はするが…止められるとは限らんぞ?」
「士郎が止められねば誰にも止められん。今はちょうど二郎真君様が居らぬからのう。まぁ、手合わせ程度ならば見物してればよいから気楽にな。」
尚の言う通りに老師はいない。
直ぐに戻ってくればいいのだが…。
もしもの時の覚悟を決めると、私は胃の辺りを撫でるのだった。
◆
side:アルトリア
「妲己、先程の言葉は訂正していただきたい。」
「あらぁん?私は本当の事を言っただけよぉん♡」
妲己はどこか掴み所がない女性ですが、決して悪い人ではありません。
なので先程の言葉は私と竜吉公主をからかう為だとわかっているのですが、二郎の正妻と言われては黙っているわけにいきません。
なにせ私は『今の二郎の恋人』なのですから!
「新参者のアルトリアは引っ込んでおるとよい。妾が正妻だと妲己に認めさせるゆえにな。」
「二人は既に生を終えている身。ならばこれから長き時を共に生きる私こそが、二郎の正妻に相応しい。」
挑発に挑発を返し、私達の間に戦意が高まってきます。
…なるほど。
直感ですが、これが目的ですか。
「妲己、わざわざ挑発をして戦おうとするのは何故ですか?」
「もぉん、アルトリアちゃんは無粋ねぇん。」
「そうじゃな、戦ってみればわかる事よ。」
二人はそう言いながら得物を構えます。
私は小さくため息を吐きながらカリバーンを抜く。
「終わったら聞かせてもらいますよ。」
「ほう?アルトリアは妾達と戦って無事に終えるつもりらしい。」
「ふふ、楊ゼン様の恋人を名乗るのなら、最後まで立っていてほしいわねぇん。」
こうして私は中華の歴史に名を残す二人と、三つ巴の戦いを始めるのでした。
◆
side:太公望
「アルトリア殿も中々やるのう。」
「神秘の薄い時代の英雄でもあのぐらいはやれるだろう。だが、少々相性が悪い。」
剣士のアルトリア殿は瞬動の様に魔力放出を使って間合いを詰めようとするが、妲己や竜吉公主にあしらわれておる。
そして幾度か攻撃を受けてしまっておるが致命傷だけは避け、驚異的な回復力で継戦しておるわ。
「カリバーン!」
局面を打開しようとアルトリア殿が宝貝(パオペエ)の真名解放をしたが、それでも二人の守りを突破出来ておらぬ。
これは士郎の言う通りに相性が悪いのう。
「はぁ~、綺麗な光っすねぇ~。」
スープーは相変わらずノンビリしとる。
そんな事で一家を支えていけるのかのう?
まぁ、嫁二人に甘やかされている儂が言えた立場ではないか。
「士郎、お主ならあの二人の守りを突破出来るか?」
「やってやれなくはない。だが、勝ち切れるかはわからんな。」
儂の様に怠けたりせず、千年以上鍛練を続けた士郎でも勝てるかわからんか。
流石は二郎真君様の寵愛を受ける仙女達だのう。
さて…。
「どうやって止めようかのう?」
「それを考えるのは君の役目だろう?」
三人の戦いはハッキリとアルトリア殿が劣勢だ。
だがアルトリア殿は一呼吸の間があれば、大抵の傷は直ぐに治ってしまう。
そして妲己と竜吉公主の二人はそもそも傷一つ負っておらぬ。
誰かが膝をついたところで止めればよいと思っておったのだがのう…。
儂はチラリと王貴人に目を向ける。
「王貴人、お主の幻術でなんとかならぬか?」
「アルトリアなら動きを鈍らせられるが、妲己姉様と竜吉公主は動きを一瞬鈍らせるのが精一杯だぞ。」
むう…。
頭を掻きながら周囲の面々を見る。
姫昌殿を始めとして、皆が酒を片手に三人の戦いを見物しておる。
これは…ダメだのう。
「士郎、やはりお主に頼むしかないわ。」
「下手に止めに入ったら、私が三人の相手をする事になるのだが…。」
まぁ、そうなるだろうのう。
だが、士郎の手を借りる必要はなかった。
何故ならば、戻ってきた二郎真君様があっさりと三人の戦いを止めてしまったからだ。
二郎真君様も相変わらずだのう…。
◆
side:アルトリア
「まだまだ未熟だけれど、アルトリアちゃんは思ったよりもやるわねぇん。」
「うむ、よく頑張ったのじゃ。」
二郎が戻ってきて戦いは終わりましたが、正直に言って二人には歯が立ちませんでした。
士郎との手合わせでわかっていたつもりでしたが、これが神秘の濃い時代の英雄なのですね…。
「妲己と竜吉公主は仙女の中でも最高峰の実力者だからね。まだアルトリアが敵わなくても仕方ないよ。」
二郎はそう言いますが、悔しいものは悔しいです。
それはそれとして…。
「妲己、竜吉公主、二人が私との戦いを求めたのは何故ですか?」
「それはね、貴女に楊ゼン様を任せられるかを確認するためよぉん。」
二郎を?
「どういう事でしょうか?」
「妾と妲己は転生する事に決めたのじゃ。」
転生…!?
「生まれ変わるのですか!?」
「うむ、随分と長く桃源郷におったが転生する事に決めたのじゃ。アルトリアを見てのう。」
私を見て?
「楊ゼン様と共に生きるアルトリアちゃんを見て羨ましくなっちゃったのよん、私達はね。」
「うむ、だから妾達も転生して二郎と共に生きるのじゃ!」
私は二郎に目を向ける。
「可能なのですか?」
「『星の守護者』になった二人を転生させるのは少し手間が掛かるけど可能だよ。ただし、『この世界』に転生出来るとは限らないけどね。」
疑問に思っていると二郎が説明してくれます。
「『星の守護者』で在り続ける為には分霊を残さなければならない。そうしなければ『世界』が都合のいい様に造った存在が、彼女達の代わりになってしまうからね。でも分霊を残して転生すると、同一の存在が『この世界』に複数存在するという矛盾が発生してしまう。だから、二人が転生すると『異世界』に転生する可能性が高いんだ。」
「異世界とは並行世界と違うのですか?」
私も百年以上は生きているのでそれなりに知識はあります。
ですが…異世界とは何でしょうか?
「『世界』というのは本の様なものでね。『原典』である俺達の世界が一頁目、並行世界が二頁目という感じになる。頁は違えど同じ本というのはわかるかい?」
私だけでなく士郎や王貴人も頷いています。
二人も興味がある話なのでしょう。
「それで『異世界』というのは文字通りに異なる世界、異なる本の事になるんだ。」
異なる?
それでは…!?
「二人はこの世界からいなくなるかもしれないというのですか!?」
「そうだね。」
「妲己!竜吉公主!貴女達はそれでもいいのですか!?」
「構わないわよぉん。」
妲己は楽しそうに微笑んでいます。
「一度死んだ私達が楊ゼン様と共に生きようというのだもの。異世界に行く程度の覚悟は出来てるわん。」
「うむ、たとえ名や記憶を失おうとも構わぬ。そして千年、万年掛かろうとも、また二郎真君と出会い、共に生きるのじゃ!」
二人の覚悟は本物です。
止める事は出来ないでしょう。
それに…私が彼女達の立場ならば、必ず同じ事をする筈です。
止められません。
「…わかりました。またいつの日か、会える事を楽しみにしています。」
「ありがとう、アルトリアちゃん。というわけでぇん…私か竜吉公主ちゃんが楊ゼン様の正妻という事でいいわよねん?」
「どうしてそうなるのですか!?」
「千年以上会えぬやもしれぬのじゃ。その覚悟は汲み取ってもらわねばのう。」
私はカリバーンを抜き放ちます。
「それとこれとは話は別です…認めませんよ!」
「うふふ、私達に勝てるかしらん?」
「ふむ、ここでハッキリと格付けをしておくのも悪くないのじゃ。」
ここに…負けられない女の戦いがあります!
結局、私達の戦いはまた二郎に止められるまで続きました。
そして後日、二人は笑顔で転生して、桃源郷から姿を消したのでした。
妲己、竜吉公主…必ずまた会いましょう。
それまで腕を磨いておきます。
二郎の正妻の座は譲りませんからね!
本日は4話投稿します。
次の投稿は9:00の予定です。