side:ギルガメッシュ
「何故、桜を連れ帰った?」
酒を片手に言峰 綺礼という男を『観る』。
…なるほど。
難儀な性質の者だ。
「ただの戯れよ。」
「ならば時臣氏を一喝する理由はなかろう。」
「問答の果てに己が問いの答えも求めるか。」
言峰 綺礼がピクリと反応を示す。
「…何故?」
「たわけ、我に見通せぬものなどないわ。」
「ならば…。」
「そう急かずともよい。此度の宴の最中に、貴様は答えを得るだろう。我が示さずともな。」
時臣の娘を庇おうとしていた男が蟲に喰われ苦しんでいたが、あれは立ち向かう事をせずに逃げたが故の結果だ。
そんな軟弱な者には救うだけの興を感じなんだ故に捨て置いた。
必要とあらばあの醜悪な蟲共々、二郎がなんとかするだろう。
それまで生きていればだがな。
不満気に眉を寄せる言峰 綺礼を前に、我は杯を傾けたのだった。
◆
side:ケイネス・エルメロイ・アーチボルト
それは突然やってきた。
魔術工房で許嫁のソラウと紅茶を楽しんでいた時、不意に虚空が歪むと二人の男女が姿を現した。
「初めましてだね、ブリテンにいる者には『ゼン』と名乗った方がいいかな?」
「お邪魔します。私はアルトリア・ペンドラゴンです。」
ゼン?
アルトリア・ペンドラゴン?
それらの名に、私は直ぐに『アーサー王伝説』が思い浮かぶ。
騙りか?
アーサー王伝説には二人は旅立ったと記されていて、死んだとは一言も記されていない。
ならば存命の可能性もないではないが…。
…少なくとも私の魔術工房に雑作もなく入り込める実力者だ。
それにこの者達から感じる魔力量は、現代の魔術師では考えられぬ程の量だ。
下手をすればあの『宝石翁』すらも上回るかもしれん。
ソラウを背に庇いつつも、とりあえずは敬意を払おう。
「…魔術師ゼン殿とアーサー王が、このロード・エルメロイに何用ですかな?」
「その呪いを譲ってくれないかい?」
呪いとは『令呪』の事だろう。
だが…。
「何故にこれをお求めなのですかな?」
「英雄達の宴に興味があってね。」
聖杯戦争を英雄達の宴と評する…か。
「聖杯には興味無いので?」
「無いね。君も興味があるようには見えないけど?」
「ありませんな。」
このロード・エルメロイは魔術師としての成功が既に約束されている。
聖杯など必要ない。
私にとって聖杯戦争など、せいぜい実戦経験を積んで箔をつける程度のものだ。
「では、譲ってくれるかい?」
「魔術師ゼン殿に言う必要はないかもしれませぬが、魔術は等価交換が基本。対価として何をいただけますかな?」
もしこの者が本物の魔術師ゼンならば、今の世では手に入らない様な神秘を宿した物が手に入るかもしれない。
それを得れば、アーチボルト家は更なる栄光の道を歩むだろう。
「何を望むんだい?不老の妙薬でも、神獣の毛でも好きな物で構わないよ。」
いざそう問われると悩むものなのだな。
少し時間をもらい考える。
「…不老の妙薬を二人分貰えますかな?」
「あぁ、いいよ。」
そう言って彼は笹に包まれた丸薬を渡してきた。
一見するとただの丸薬。
だが見る者が見れば、正気を失いかねない程の神秘が内包されていた。
…なるほど、彼等は『本物』だ。
腹に力を入れて背筋を正す。
そして改めて二人に敬意を払う。
「御二人を偽者と疑いし事を謝罪します。」
「構わないよ。神秘の薄い今の世では、疑われても不思議じゃないからね。」
悠久の時を生きし者故か、極自然で優雅な余裕を感じる。
私も斯く在りたいものだ。
さて、『本物』の不老の妙薬を貰ったとあっては対価として受け取り過ぎだ。
等価にせねばな。
「ゼン殿、謝罪の品として、英雄召喚の触媒を受け取っていただけませんかな?」
「それはありがたいね。」
不安気に緊張しているソラウに微笑み掛けながら、私は二つの触媒を手にする。
「一つは『征服王イスカンダル』の触媒で、もう一つは『輝く貌ディルムッド・オディナ』の触媒です。」
「ではディルムッドの物を貰おうか。彼とは顔見知りだからね。」
顔見知り?
確かケルト神話には…!?
「まさか、貴方は…。」
「その疑問には『是』と答えておこうか。さて、それじゃ呪いを貰うよ。」
そう言って彼は私の『令呪』に手を伸ばす。
そして次の瞬間には、彼の手の中に『令呪』があった。
注視していたにもかかわらず、どうやって『令呪』を取ったのかわからなかった。
このロード・エルメロイがだ。
半ば呆然としていると、ゼン殿がアーサー王へと振り返った。
「それじゃ、行こうか。」
「はい。」
返事をしながらも、アーサー王はソラウへと目を向けている。
…何だ?
「アーサー王?」
「今の私は王ではありませんよ、ロード・エルメロイ。」
「ではペンドラゴン卿と…して、いかがされましたか?」
「お節介かもしれませんが一言…口にしなければ伝わらぬ想いもありますよ、ロード・エルメロイ。」
伝わらぬ想い?
アーサー王はソラウを見ていた。
それで伝わらぬ想い?
…そんな馬鹿な!?
「ペンドラゴン卿!私は…!?」
「ロード・エルメロイ、女心は複雑なのです。ちゃんと言葉にしてあげてくださいね。」
…なんてことだ。
まさか、私の想いがソラウに伝わっていなかっただなんて…!
己に憤慨していると、何かが飛んできた。
咄嗟に手で受け止めると、それは何かの丸薬だった。
「それはオマケしとくよ。君が言葉だけでなく、行動でも想いを伝えたければ飲むといい。」
御二人は微笑みながら虚空に姿を消した。
私は即座に今渡された丸薬を飲み込む。
すると、身体が芯から熱くなってきた。
あぁ、なるほど。
これならば存分にソラウを愛せる。
私はいまだに困惑しているソラウの元に歩み寄る。
そして手を取り膝をつくと、想いを告げた。
「ソラウ、君を愛している。」
「…ケイネス?」
「君が疑うのも無理はない。私達の繋がりは家の都合が始まりだったのだから。」
ソラウの瞳が不安気に揺れ動いている。
あぁ…何故気付かなかったのだ。
思えば、彼女の心からの笑顔を見た覚えがない。
それを私は、アーチボルト家の女として相応しくなるべく、彼女が努力しているのだと思い込んでいた。
愚かだ。
私は本当に愚かだった。
だが、まだ遅くない筈だ。
私は立ち上がると彼女を抱き寄せる。
「言葉で信じてもらえぬのならば、次は行動で示そう。」
「えっ?ケイネス?」
この身を焦がす程に滾る想いを…全て彼女に伝えるのだ!
◆
side:ウェイバー・ベルベット
聖杯戦争の参加資格である令呪が発現した僕は、深夜にロード・エルメロイの魔術工房に忍び込んだ。
聖杯戦争の英雄召喚に使う触媒を盗み出して、僕の論文を破り捨てたあいつの鼻を明かすためだ。
まぁ、触媒を用意する為の金が無いってのもあるけど…。
ため息を吐きたいのを堪えて触媒を探そうとする。
だけど…。
「誰かと思えばウェイバー君か。」
「ロ、ロード・エルメロイ…。」
まさか…こんなに早く察知されるだなんて…。
「むっ、それは令呪?…なるほど、そういう事か。」
ロード・エルメロイが歩き出すけど、僕は身動きが取れない。
何故ならあいつが完全に戦闘態勢に入っているからだ。
下手に動けば殺される。
それだけ僕とあいつには魔術師としての実力差がある。
息を飲むと、ロード・エルメロイが何かを投げてきた。
反射的にそれを受け止める。
「持っていきたまえ、それは既に私には必要ない物だ。」
「…はぁ?」
意味がわからなくて受け止めた物に目を向ける。
すると、僕の手の中にある物は、僕が探そうとしていた物だった。
「えっ?いや…いいんですか?」
「それを欲していたのだろう?先程も言ったがそれは既に必要ない物だ。君では英雄召喚の触媒を用意するのも困難であろう?コネクションも財も無い君ではね。」
「うぐっ…。」
正にその通りで何も言い返せない。
でも…あの論文が認められていれば…!
そんな思いを込めてロード・エルメロイを睨む。
「どうもウェイバー君は色々と納得がいっていない様だ。」
ロード・エルメロイがやれやれと言わんばかりに首を振る。
そんな仕草が似合うのも腹が立つ。
「先ずは一つ、私は既に令呪を持っていない。故に英雄召喚の触媒は必要ないのだ。」
「はぁ?えっ?ロ、ロード・エルメロイ!令呪はどうしたのですか!?」
「その様に叫ばずとも聞こえる。それに時間を考えたまえ、ウェイバー君。あまり騒がしくしては、私の愛するソラウが起きてしまうではないか。」
「す、すみません。」
思わず謝罪をしてしまう。
…どうしてこんな状況になった。
「令呪はある御方に譲った。」
「ある御方?」
「聖杯戦争に参加するのならば会う機会もあるだろう。君は私の教え子であるので警告しておくが、間違っても勝ちにいこうとせぬ事だ。英雄達の戦いを見て見聞を広げ、生き残る事を第一としたまえ。」
その言葉に不満を感じる。
「僕では勝てないと言うのですか?」
「勝てぬよ。君だけではない。私は疎か、現代の魔術師では誰も勝てないだろう。それはロード・エルメロイの名に賭けて断言する。」
自信の塊と言えるロード・エルメロイが勝てないと言いきるなんて…いったい誰なんだ?
「納得はしなくてもいい。だが、この私がそう言っていた事は覚えておくのだな。」
「は、はい。」
「うむ、では二つ、君の論文を破り捨てた件だ。」
僕は眉を寄せる。
あれは会心の出来だった。
その論文を有無を言わさずに破り捨てたんだ。
理由があるのなら、ちゃんと聞かせてもらいたい。
「君の論文は実に効率的だった。科学をも組み入れたあの論文は、現代において最適解の一つだろう。それは認める。だが魔術師としては、あの論文を認めるわけにはいかないのだ。」
「…何故ですか?」
「ウェイバー君、君は何故に魔術が秘匿されているのかわかるかね?」
問いに問いを返されてしまったが、ここは素直に僕が答える事にする。
「限られた魔術基盤を独占する為では?」
「それも理由の一つではある。だが真の理由は、これ以上神秘が薄れるのを防ぐ為なのだ。」
神秘が薄れる?
疑問に思っているとロード・エルメロイが小さくため息を吐いた。
その仕草にイラッとする。
「ウェイバー君、何故に人は魔術を使えると思うかね?」
「それは魔術を学問として解き明かしてきたから…。」
「では、君は魔力無しで魔術を使えると?」
あっ…。
「そうか…そういう事か。」
「神秘があるが故に、人はその身に魔力を宿して生まれ来る事が出来るのだ。君がここまでを理解したとした上で改めて聞こう。ウェイバー君、もし認めると言ったら、君はもう一度あの論文を書くのかね?」
「…いいえ、書きません。」
「うむ、よろしい。」
ロード・エルメロイは正しかった。
ただ頭の固い、古臭い考えしか出来ない奴じゃなかった。
僕が魔術師の世界の事情を知らなかっただけだったんだ。
…くそっ!
自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。
大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「落ち着いた様だね。」
そう言ってロード・エルメロイは笑みを向けてくる。
あれっ?
落ち着いた事で気付いた。
ロード・エルメロイって、こんなに人当たりが良かったか?
「…ケイネス?」
そんな風に疑問に思っていると、不意に女性の声が聞こえてきた。
「おぉ、ソラウ。」
ソラウというのは確か…ロード・エルメロイの許嫁の名前だった筈だ。
「ごめんなさい、貴方の顔が見たくて工房まで来てしまったわ。」
「おぉ、なんて嬉しい事を言ってくれるんだ、愛しいソラウ。」
「あぁ、ケイネス…。」
僕がいるというのに二人は見つめ合いながら抱き合っている。
なんだこの馬鹿ップル。
ふと気がついた様にロード・エルメロイが僕の方に振り向いた。
「まだ何か聞きたい事はあるかね?」
「い、いえ。」
「では早く去りたまえ。私はソラウを愛するのに忙しいのだ。」
「で、では、失礼します。」
いちゃつく馬鹿ップルを尻目に、僕はロード・エルメロイの魔術工房を後にする。
そして外に出てから振り返ると、ふと呟いてしまった。
「一日会わなかっただけで変わり過ぎだろう…いったい何があったんだよ…。」
手に持っている触媒に目を向けると、僕は大きくため息を吐いたのだった。
次の投稿は11:00の予定です。