side:アイリスフィール・フォン・アインツベルン
「召喚に応じ参上した。私はランスロット。美しいお嬢さん、貴女が私のマスターか?」
切嗣が望む英霊の召喚には成功したけど、ランスロットは何故か私に話し掛けてきた。
…そういえばランスロットには女好きの逸話があったわね。
そのせいかしら?
「お嬢さんだなんてお上手ね。私はアイリスフィール・フォン・アインツベルン。これでも人妻よ。」
「私は己の信念として女性に敬意を払っただけです。他意はありませんよ、御夫人。」
「そういう事にしておくわ。それはそうと、貴方のマスターはそこにいる私の夫よ。」
ランスロットが切嗣に振り向く。
「私はランスロット。卿の名は?」
「…衛宮 切嗣だ。」
「まるで戦で心を痛めた兵の様な目をしている。失礼だが、戦えるのか?」
ランスロットの言葉に驚く。
私も詳しく聞いたわけではないけど、切嗣は傭兵として幾度も戦い、その戦いの経験から世界の平和を求めている。
そんな切嗣の状態を、ランスロットはほぼ正確に言い当ててしまった。
私が驚いた様に切嗣も驚いたみたい。
僅かにだけど目を細めているもの。
「問題ない。」
「そうか、ところで卿に一つ聞きたい事がある。」
「…なんだ?」
「卿が聖杯に掛ける願いは?」
その問い掛けに切嗣は眉を寄せる。
「答える必要があるのか?」
「私には聖杯に掛ける願いはない。故に召喚に応じはしたものの、戦う理由がない。」
アーサー王伝説に残されているランスロットの逸話を思い返しても、彼に心残りがあるとは思えない。
「理由がなければ戦えないと?」
「ただ徒に獣の如く力を振るえと言うのならば、私は自ら命を断ってアヴァロンへと帰る。だが、卿の願いが騎士として剣を振るうに値するのならば、一時的に卿に仕える事を誓おう。」
騎士の中の騎士と謳われているランスロットが仕えてくれるのは心強い。
切嗣もそう思ったのか、少しだけ目を閉じてから答え始めたわ。
「僕が聖杯へと掛ける願い…それは『戦いの根絶』と『恒久的な平和の実現』だ。」
◆
side:ランスロット
「僕が聖杯へと掛ける願い…それは『戦いの根絶』と『恒久的な平和の実現』だ。」
耳を疑った。
衛宮 切嗣は本気で言っているのか?
「…卿はどうやってそれを叶えるつもりだ?」
「それは聖杯に願えば…。」
「そうではない。どの様な『形』でそれを願うと聞いたんだ。奇跡は全能かもしれんが、全知ではないのだぞ。」
衛宮 切嗣が大きな動揺を見せる。
私の息子のギャラハッドは石をパンに変えたり、水を葡萄酒にするといった奇跡を起こせたが、それはあくまでパンや葡萄酒を知っていたから起こせた奇跡なのだ。
その事を伝えると衛宮 切嗣の目が泳ぎ出した。
この男の目を見た時に感じた不快感が何なのか漸くわかった。
この男は…悲劇に酔っているのだ。
「仮に卿の願いが叶ったとして、貧困故に糧を得ようと戦おうとしていた者達はどうなる?座して飢えろとでもいうのか?」
「それは…。」
「聖杯の奇跡ならば今日を生きる為のパンは得られるかもしれん。だが、明日はどうする?聖杯戦争で得られる聖杯とは、そんなに何度も奇跡を起こせる様な代物なのか?それとも現代に生きる人々は、無償でその様な者達に糧を分け与えられる程に豊かなのか?」
衛宮 切嗣は床に崩れ落ちて項垂れた。
そして先程までは悲劇に酔っていた目が、今では迷子の幼子の様な目をしている。
私は御夫人に目を向ける。
彼女も動揺しているが、気丈にも衛宮 切嗣を心配そうに見詰めていた。
なるほど…どうやら召喚の時に感じた慈愛の心は彼女のものだった様だ。
アヴァロンに召喚陣が現れた時、魔力に乗った二つの心を感じた。
一つは悲壮感。
そしてもう一つが慈愛だ。
私はこの慈愛の心に応えるべく召喚に応じたのだ。
衛宮 切嗣…御夫人に感謝する事だ。
彼女が優しく強い女性であった事を。
◆
side:アイリスフィール・フォン・アインツベルン
ランスロットが霊体化して姿を消した。
私は動揺が酷い切嗣に寄り添う。
「アイリ…どうしよう?」
「切嗣…。」
切嗣の願いは叶わないと知ってしまった。
私達にはもう聖杯戦争を戦う理由が無い。
本当に…どうしたら…。
「ママ?切嗣?」
驚きながら振り向く。
するとそこには、愛する娘のイリヤがいた。
「こら、夜中なのに起きてるだけじゃなく、こんな所まで来て…イリヤは悪い子ね。」
そう叱るけど、イリヤは笑顔で私に抱き付いてくる。
そんなイリヤの頭を撫でた。
…あったわ。
まだ私には…聖杯戦争を戦う理由があった。
今回の聖杯戦争で勝てなければ、次はイリヤの番かもしれない。
「イリヤ、先にベッドに行ってなさい。ママと切嗣も直ぐに行くから。」
「うん!早く来てね!」
イリヤを見送ると切嗣に目を向ける。
私が犠牲になる覚悟はもう出来ている。
これは私の運命。
でも、切嗣とイリヤには生きてほしい。
たとえ戦いの根絶や恒久的な平和の実現が出来なくても…。
私は項垂れる切嗣の前に歩み寄ると、彼の頬を思いきり張り飛ばしたのだった。
◆
side:衛宮 切嗣
ランスロットを召喚した翌日、僕はアイリと一緒に改めて彼と対峙した。
「ほう?卿はいい顔になったな。戦う男の顔だ。」
やれやれ、どうやら僕の心境の変化は見破られているようだ。
願い叶わぬと知ってしまった昨夜、僕は間違いなく心が壊れる寸前だった。
だけどそんな僕の心をアイリが繋ぎ止め、そして立ち直らせてくれた。
「あえて問わせてもらう。衛宮 切嗣、卿はまだ戦いの根絶や恒久的な平和の実現を望むのか?」
「いや、望まない。今の僕が望むのは、愛する家族を守る事だ。」
僕の答えにランスロットは微笑むと、地に膝をついて頭を垂れた。
「この聖杯戦争の間、私は騎士として卿に仕える事を誓おう。」
「よろしく頼む、ランスロット。」
手を差し出して彼と握手をする。
そしてランスロットに今回の聖杯戦争について話す。
アインツベルンが『第三の魔法』を求めている事。
聖杯戦争の聖杯の事。
話を聞いたランスロットは小さくため息を吐いた。
「なるほど、アイリ殿の命が代償ならば、卿があの馬鹿げた願いを本気で考えたのも頷ける。」
「…今思えば、どうして僕はあんな極端な考えになったのかと思うよ。」
まるで物語を読んでのめり込んだ様な夢現な状態だった。
アイリに頬を張られ、そしてイリヤを守りたいという決意を聞かされて漸く目が覚めた。
もう大丈夫だ。
ただ、なんというか…アイリに頭が上がらなくなってしまったんだよなぁ…。
僕はこんな性分だっただろうか?
「それで、卿はどうするつもりなんだ?」
腹に力を入れる。
彼の力を借りて、必ずイリヤを守らねばならない。
「聖杯戦争の開始を止める事は出来ない。なら勝ち抜き、聖杯に第三の魔法を願って、アインツベルンの大願を成就させなければならない。それが出来なければ、イリヤを守りきれない。」
ランスロットがいる間にイリヤを連れてアインツベルンを離れる事も考えたが、彼がいなくなったらイリヤをアインツベルンの手から守り切れる自信が無い。
だからアインツベルンから正式にイリヤを引き取る為に、今回の聖杯戦争に勝たなければならない。
そう伝えるとランスロットは力強く頷いた。
「騎士として全力を尽くす事を誓う。」
先ずは一安心といったところか。
後は僕の戦い方をランスロットに理解してもらう必要があるな。
「ランスロット、僕の戦い方なんだが…。」
「それは興味あるが、そう急ぐ必要も無いだろう。まだ聖杯戦争が始まるまで時間はあるのだからな。それに今回の聖杯戦争は、卿や御夫人にとって悪いものにならない筈だ。」
僕はアイリと目を合わせると二人して首を傾げてしまう。
「ねぇ、ランスロット、それはどういう事かしら?」
「根拠は無い、私の直感だ。だが…。」
そこまで言ってランスロットは微笑む。
そして…。
「古今の英雄が集う聖杯戦争にあの御方達が興味を示さぬ筈がない。あの御方達に会う事が叶えば、アイリ殿を犠牲にする必要もなくなるだろう。」
その言葉にアイリと共に呆然とすると、ランスロットはそんな僕達を見て笑い出したのだった。
◆
日本の冬木の地にある間桐邸、その地下の蟲蔵にて一人の男が苦しんでいた。
「さ…くら…ちゃん…。」
男の名は間桐 雁夜。
今回の聖杯戦争のマスターの一人だ。
彼が苦しんでいる理由は、身体の内から『刻印虫』という虫に食われているからである。
『刻印虫』は魔術師ではない彼を即席の魔術師にする代償として、その身体を蝕んでいるのだ。
命すら賭けて彼が聖杯戦争に参加した理由…それは先日、ギルガメッシュに連れ去られた遠坂 桜が原因だ。
間桐 雁夜は遠坂 時臣の妻である遠坂 葵に好意を寄せている。
故に彼は遠坂 葵の娘である遠坂 桜を救う為に聖杯戦争に参加したのだ。
聖杯戦争の勝利と引き換えに遠坂 桜を間桐の魔術に染めない事を約束して。
だが遠坂 桜はギルガメッシュに連れ去られてしまった。
今の彼には聖杯戦争を戦う理由が無い。
そんな彼に残ったのは…己の想い人と結ばれた男への憎悪だけだ。
「と…き…お…みぃ!」
彼は呪詛の如く遠坂 時臣の名を呼ぶ。
傍らに全身甲冑に身を包んだサーヴァントを従えて…。
これで本日の投稿は終わりです。
また来週お会いしましょう。