side:遠坂 時臣
ゼン様が我が家に御来訪された翌日、私は王とゼン様といった方々に御同行していただいて教会に足を運んだ。
聖杯戦争の監督役を務める師の言峰 璃正に術式の解体を告げるためだ。
教会に入ると来客がいない事を確認し、師に聖杯戦争の術式の解体を告げた。
「…冬木の管理者たる時臣君が決断した事なら是非もありません。」
「お骨折りいただいておきながら、申し訳もございません。」
「いえ、これも主の導きでしょう。」
師にお認めいただき安堵する。
「それで時臣君、他の御三家はどうするのですか?」
「アハト翁には今回のアインツベルンのマスターから伝えてもらおうと思います。間桐は…。」
あの老人は竜脈の事に気付いていながら放置していた節がある。
おそらくは術式の解体を認めないだろう。
奴と敵対は避けられぬが問題ない。
昨夜、王との語らいを終えてお帰りになられるゼン様に間桐 臓硯の事を伝えた。
そして今朝、『あれは邪仙と同じ類いの者だ。君がよければこっちで対処するよ。まぁ、今は宴を楽しませてもらうけどね』とおっしゃられた。
これでもう冬木には奴の犠牲者が出ない事が確約された。
後はアインツベルンを説得するだけ。
そう伝えると師は頷いたが、心此処に在らずといった感じを受ける。
綺礼が気になるのだろう。
私も何故にゼン様が綺礼に興味をお示しになられたのかはわからない。
だが、悪い様にはならないだろう。
もっとも、あまりの展開に師の心がついていけるかはわからないが…。
◆
side:言峰 綺礼
「なるほど、確かに『渇いて』いるね。」
放浪の神ゼンを名乗る者が私をそう評した。
その通りだ。
私は渇いている。
父の期待に応えるべく事を成し続けてきた。
だがそれらでは、私は『悦び』を得る事は出来なかった。
私が『悦び』を感じたのは『父が望まぬであろう状況』でだけだ。
それで『悦び』を得るのは本意ではない。
故に私は求め続けている。
私が正しく『悦び』を得る方法を…その答えを…。
「何故、私が渇いていると?」
「そういう者も多く見てきたからね。」
「では…。」
「君が渇いているのはわかるけど、その渇きの種はわからない。だから答えが欲しいのならば、君の事を聞かせてくれるかい?」
私は己が事を語った。
主に懺悔するが如く。
心から主に祈った事はないが、父のために祈りを捧げてきた事を。
父の期待に応えるために鍛練を積み、代行者として『悪』を刈り続けてきた事を。
ゼンは私の告白を静かに聞いていた。
そして聞き終えると苦笑いをした。
「君は随分と真面目なんだね。」
真面目?
私はただ、父の期待に応えようとしただけだ。
「人は必ずしも『成功』で悦びを得るわけじゃない。他者の『失敗』によって悦びを得る性質の者もいる。神の子の教義で言えば、人が持つ『原罪』の一つってところかな。」
他者の失敗…。
それを思うと、心の奥底から何かの感情が沸き上がる。
だが、私はそれを否定する。
それは…父が期待する私ではない。
「やれやれ、君はやはり真面目だ。少しは『寄り道』を楽しまないと。」
「…寄り道?」
ゼンは微笑みながら私を見据えてくる。
「『隣人を愛せよ』だったかな?だけど世には『隣人足り得ぬ者』もいる。それはわかるだろう?」
代行者として『隣人足り得ぬ者』を刈ってきた身だ。
それはわかる。
「それと『寄り道』に何の関係がある?」
「一言で言えば、『話』をするってところかな。」
話を?
「話をしてどうなるというのだ?」
「『悔い改めさせる』のは、君達の役目だろう?」
それで私は『悦び』を得られるのか?
「まぁ、気になるのならやってみればいいさ。冬木にはちょうど『罰するべき者』がいるみたいだからね。それと迷いがあるのなら父親と話してみるといい。彼はきっと、君を変わらずに愛してくれるよ。」
◆
side:二郎
「中々の余興だったぞ。」
「俺に押し付けておいてよくいうよ。」
「だが、見事に導いたではないか。」
「説教なんて柄じゃないけどね。こういうのはシッダールタか神の子に任せたかったよ。」
俺がそう言いいながら頭を掻くと、ギルガメッシュは笑いだした。
「ですがあのままでは、あの者の心は壊れていました。だから二郎は手助けしたのでしょう?」
アルトリアの言葉に頷く。
「彼は感受性が強いから他者を『察する』事が出来る。だけど感受性が強すぎるんだ。それこそ神の子やシッダールタと同等の領域で『察する』事が出来てしまう。故に己の心を抑え、他者の理想の自分に成ろうとしていたんだ。」
その結果、彼の心は壊れる寸前にまで追い込まれていた。
「他者の想いを背負ったり、受け入れたりするのはとても難しい。神でも潰れかねない程にね。それをあそこまで堪えていた彼は、とても強い心を持っているよ。」
「ほう、気に入ったか?」
「二流の才でありながら、己を壊しかねない程の武の研鑽を積んで一流の領域に踏み込んでいる。彼が神の子の教義に身を置いていなければ、道教に誘っていただろうね。」
神の子なら『主の導き』って言うかな。
シッダールタなら『縁』と言うだろう。
少し残念だけど、これはこれで面白いからいいか。
「さて、それじゃ冬木の街中に散策に行こうか。」
「美味しい物が見付かるといいですね。」
「既に目星はつけてある。行くぞ!我に続け!」
◆
side:言峰 綺礼
放浪の神ゼンと話をした後、私は父の元に向かった。
父は時臣氏と茶を飲んでいたが、私の姿を見るなり立ち上がる。
「綺礼、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。」
己の言葉に違和感を感じる。
以前の私なら『問題ありません』と答えていた筈だ。
何故だ?
私の中で何かが変わったのか?
疑問は尽きないが、私は父と話をするために言葉を紡ぐ。
「父上、私の懺悔を聞いてください。」
「懺悔?綺礼、一体何があったというのだ?」
私は時臣氏がいるのも構わず、父に己を語っていく。
父は戸惑っていたが、やがて真摯に私の言葉を聞いていく。
そして語り終えると、父は私を抱き締めて涙を流し始めた。
「綺礼、罪深い父を許してくれ。私は…お前を見ていなかった!」
父の心を感じる。
真摯に私を想い泣いてくれている。
本当の私を知っても変わらずに愛してくれている。
それが『嬉しい』。
…嬉しい?
私に…こんな感情があったのか?
驚き戸惑うものの、沸き上がる感情が抑えられない。
私を抱き締めていた父が顔を上げる。
「…思えば、お前が物心ついてから泣いたのを見るのは初めてだ。」
泣いた?
父の言葉で頬を何かが流れているのに気付く。
これは…涙?
これが…涙。
そうか…私は…泣けるのか。
妻が亡くなった時も涙を流さなかった私が泣いている。
泣く事が出来ている。
そんな『普通』が嬉しい。
「…さて、所用を思い出しましたので、これで失礼します。」
時臣氏が微笑みながら教会を去っていく。
本当の私を知っても、彼は嫌悪することなく微笑んでくれた。
それが嬉しい。
何故だ…涙が止まらない。
「綺礼、思うままに泣きなさい。罪深く愚かな私だが、せめて父として、お前が泣く為に胸を貸そう。」
この日、私は人生で初めて声を上げて泣いた。
だがそれは、本当の私が誕生した産声だったのだろう。
何故なら泣き終えて父の胸から顔を上げた私には、世界が色鮮やかに見えたのだから。
破綻者にも救いがある優しい世界。
これで本日の投稿は終わりです。
また来週お会いしましょう。