side:アイリスフィール・フォン・アインツベルン
聖杯戦争の術式解体に同意した私達は、璃正神父に教えてもらったホテルの前にやって来ている。
舞弥さんは万が一を考えて、このホテルが見えるビルの屋上で待機しているわ。
私達に何かあってもイリヤを任せる為にね。
「さぁ、行こうか。」
ホテルに入った瞬間、僅かに違和感を感じて足を止めた。
「アイリ?」
「切嗣、何か感じなかった?」
「…いや、僕は何も感じなかった。アイリ、それは危険なものかい?」
その問い掛けに私は首を横に振る。
「これは…結界なのかしら?でも拒絶する様な感じはしないし、侵入者を感知する様なものでもない。むしろ優しく包み込む様な…。」
魔術の知識にはそれなりに自信があったのだけど、このハッキリと言葉に出来ない感覚はもどかしいわね。
「この清浄な水の気配…やはりあの御方は来ておられたか。」
「ランスロット?」
「切嗣殿、アイリ殿、警戒の必要はない。この結界は空間を神水で清浄化しているだけだ。」
その言葉を聞いてふと気付いた。
冬木に来てから感じていた僅かな身体の違和感が無くなっている事に。
私は切嗣に目を向ける。
…少しあった目の隈が無くなっているわね。
まぁ、切嗣の隈の原因は私と舞弥さんなんだけどね。
それよりも…。
「ランスロット、今…『神水』って言ったのかしら?」
私の問い掛けに彼が頷くと、私と切嗣は顔を見合わせる。
「アイリ、アインツベルンの財力なら、神水は手に入るかい?」
「聖水ならまだしも、神水は難しいと思うわ。」
千年続く錬金術の大家のアインツベルンでも入手困難な神水を結界に使う程の人物。
ランスロットが知る人物だからもしかしたらと思っていたけど…。
「切嗣…。」
私の声掛けに切嗣が頷く。
「ランスロット、君が言う『あの御方』に対して、舞弥を外に残しても無礼にはならないか?」
「そのぐらいなら問題はない。あの御方は寛容な方だ。もっとも、外道には容赦しないが。」
その言葉を聞いて切嗣が冷や汗を流しているわ。
切嗣は今回の聖杯戦争でいざとなったら他のマスターを倒す為に、一般の人を巻き込みかねない規模のテロも考えていた。
それに傭兵をしていた時には効率の為にそういう事もしたみたいだし…不安になってきたわ。
「…僕は遠慮した方がいいかな?」
「以前の卿ならその方がいいだろうが、今の卿なら問題ないだろう。」
ランスロットはそう言うけど、切嗣は胃の辺りを手で擦り始めたわ。
神水の結界も心労には効果が無いのかしら?
◆
side:アイリスフィール・フォン・アインツベルン
フロントに確認を取ると、ランスロットの言う『あの御方』は最上級の部屋にいるとわかったわ。
フロントのスタッフに一報を入れてもらってから向かう。
そして部屋の前に辿り着いて呼び鈴を鳴らすと、中からランスロットと並ぶ程の色男が顔を出した。
「中で主が御待ちだ。無礼のない様に。」
見惚れる程の見事な所作で中に招き入れられる。
ランスロットが小声で彼はサーヴァントだと伝えてくるけど、戦意や殺意といったものは無いから大丈夫みたい。
なので私はアインツベルンの者として背筋を正して中に進む。
切嗣は僅かに警戒をしながら、そしてランスロットは自然体でついてくる。
そして部屋の中のいた美青年と美少女を目にすると、ランスロットが膝をついて礼を示した。
そのランスロットを見た美少女が苦笑いをしている。
「久しいですね、ランスロット。」
「お久し振りでございます、アーサー王。」
アーサー王?
この女の子が?
そうすると…あの人が…。
「ゼン殿もお久し振りでございます。」
「うん、久しいね、ランスロット。現世を楽しんでいるかい?」
「楽しみたいところですが、些か懸念がありまして…。」
「なんだい?」
「詳しくはこちらにおります二人から…。」
私は一歩前に進み出てから淑女として礼をする。
「初めまして、魔術師ゼン殿、私はアイリスフィール・フォン・アインツベルンと申します。」
「君達の懸念というのは、君の身体の事かい?」
あっさりと看破されて驚いてしまう。
「おわかりになりますか?」
「龍脈と強い繋がりがあるからね。それにしても、人を聖杯にするのは錬金術では当たり前なのかな?」
私が聖杯である事も一見で看破されてしまった。
これが伝説の魔術師ゼンなのね。
「御賢察の通りです。私が聖杯戦争の聖杯でございます。そして、その事で貴方様にお願いがございます。」
「なんだい?」
私は私達の事を語っていく。
アインツベルンの悲願の事、イリヤの事、そして…可能ならば私はまだ生きたい事。
話を聞き終えたゼン殿が口を開く。
「第二の魔法はゼルレッチから聞いているから知っているけれど、第三の魔法とはなんだい?」
「第三の魔法とは、魂の物質化でございます。」
「なんだ、そんな事か。」
千年追い求め続けた悲願を『そんな事か』の一言で片付けられてしまうと、苦笑いしか出来ないわね。
「アインツベルンの悲願に対しては不老の妙薬と不死の妙薬を与えればいいかな?錬金術の大家だというのなら、それの解析ぐらいは自身の力で成し遂げて第三の魔法に辿り着いてもらいたいね。君の身体の事は準備に一日は時間が必要だ。その準備に君の髪が必要だから一本くれるかい?」
「はい、どうぞ。」
髪を一本引き抜いてゼン殿に渡す。
「それじゃ明後日にまたここに来るといい。その時に君の処置を済ませてしまおう。」
その言葉を聞いた私と切嗣は、これが本当に現実なのか疑いながら帰路についたのだった。
◆
side:アルトリア
半ば呆然としながらアイリスフィールと切嗣は帰っていきました。
あまりに簡単に解決してしまったのですから無理もありませんね。
それはそれとして…。
「二郎、何故アイリスフィールの願いを聞き届けたのですか?」
「一言で言えば、アルトリアと竜吉公主に似ていたからかな。」
なるほど、確かに私は二郎と出会わなければアイリスフィールに似た立場になっていたかもしれません。
「ところで、ランスロットの事を手紙に書いてよかったのかい?」
「それが一番の薬ですから。」
ランスロットの性格を考えると、間違いなくアイリスフィールを口説いた筈です。
むしろ口説かなかったらランスロットではありません。
なのでその事を書いた手紙を哮天犬にアヴァロンへと持っていってもらいました。
彼がアヴァロンに帰ったら一悶着あるでしょう。
ですが口説いた相手を受け入れるつもりもないのに口説いているのですから自業自得です。
切り落とさないだけ有情というものでしょう。
「それじゃ、俺は『反魂の術』の準備をするから、アルトリアは自由にしていていいよ。」
「はい、わかりました。」
私は備え付けの電話を手に取ると、ルームサービスで料理を頼むのでした。
◆
side:ウェイバー・ベルベット
なんとか日本での拠点を確保出来た。
魔術で一般人を騙しているから少し心苦しいけど、とりあえず体裁が整った事に安堵の息を吐く。
僕にはロード・エルメロイの様に強固な工房を作る力…というか、そういった物を作る為のお金が無い。
だからこれがベストな形だ。
それに良識があるなら一般人を巻き込まない筈だ。
…巻き込まないよな?
僕がそうやって悩んでいると…。
「ハッハッハッ!マスターも中々やるではないか!」
「痛い!馬鹿力で背中を叩くな、ライダー!」
僕がサーヴァントとして喚び出したのは古代マケドニアの王だった征服王イスカンダル。
英雄らしく豪快と言えば聞こえがいいのかもしれないが、こいつはマスターである僕の言うことをろくに聞かないから先行きが不安になる。
それはそれとして…。
「さぁ、無事に拠点が確保出来たのなら早く『テレビ』とやらを見ようではないか。」
こいつ、やたらとボディタッチが多いというか、妙に距離感が近い感じがするんだよな。
なんだろう…僕はこいつに関する逸話で何か大事な事を忘れている気がする。
「はぁ…いいけど、明日は教会に参加申請に行くんだから、あんまり遅くまではダメだぞ。」
「ケチケチするでない。余の戦士達は2、3日ぐらい寝ずに行軍しても平気だったのだぞ。」
「神秘の濃い時代の人達と一緒にするな!このお馬鹿!」
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