side:ウェイバー・ベルベット
言峰神父に教えてもらったホテルの前にやって来たけど、相手の本拠地にしている場所に乗り込む事に躊躇していると…。
「さぁ、行くぞマスター!」
ライダーに脇に抱えられてホテルに入ってしまった。
「ちょっ!?自分で歩くから下ろせ!」
そんな僕達のやり取りも笑顔で見ぬ振りをしてくれたフロントのスタッフはプロだと思う。
スタッフに言峰神父に教えてもらったマスターの名前を告げると、にこやかに微笑みながら相手に連絡を取ってくれる。
「お会いになるそうです。お部屋は…。」
スタッフから聞いた最上級の部屋に向かう。
そんな部屋に何日も泊まれるなんて…あるところには金があるんだなぁ。
「ゼンか…。」
エレベーターに乗っている最中にライダーがポツリと呟く。
「どうしたんだ、ライダー?」
「マスター、お前は気にならんのか?」
「魔術師ゼンの名前を騙るなんて、よっぽどの自信家なんだろうな。それがどうした?」
「魔術師ゼン?…なるほど、マスターはそう捉えたのか。」
豪快を絵に描いた様なライダーが神妙な雰囲気を醸し出している。
「そう捉えたって…じゃあ、ライダーはどう捉えたのさ?」
「余は『放浪の神ゼン』と捉えた。」
「はぁ?ちょっと待て、神秘が薄い現代に神が降臨出来るわけないだろ。」
僕の言葉を聞いてもライダーの顔は晴れない。
「多くの神々はマスターの言う通りであろうよ。だが『放浪』を冠するゼンならば、あるいはと思ってな。」
元は神秘の濃い時代の王様だったこいつの言葉は妙に説得力がある。
無意識に唾を飲み込んでいた。
「お、おいライダー、もしこれから会う相手が放浪の神ゼンだったら…?」
「もしそうならば余の願いは叶う。それだけの事よ、ハッハッハッ!」
「笑い事じゃないだろ、このお馬鹿!」
聖杯戦争に参加した事を後悔し始めるけど、エレベーターは無情にも階への到着を告げるのだった。
◆
side:アイリスフィール・フォン・アインツベルン
「…アイリ?」
切嗣の声で目が覚める。
身体を起こすと僅かに違和感を感じる。
でもその違和感は調子が悪いからではなく、逆に調子が良すぎて驚く程だからね。
「これで『反魂の術』は終わりだよ。調子はどうだい?」
「良すぎて驚いています。何か元の身体と変えたのですか?」
「人と同じ時を生きられる様にしただけだよ。後は元の身体と『ほとんど』変わらないさ。」
気になる言葉もあるけど、とりあえずベッドから立ち上がる。
「あら?綺麗な生地の服ね。」
新しい身体に着せられていた服に目が向くと、その肌触りの良さに気付く。
ワンピースタイプの服なのだけど、僅かに青み掛かった白がとても綺麗だわ。
「それは『哮天犬』の毛で造った服だよ。よかったらそのままあげるよ。」
「ありがとうございます。それはそれとして…哮天犬?」
たしか中華神話に登場する武神が従える神獣の名前だった気がするけど…。
まさかと思いながら切嗣と目を合わせる。
反魂の術、哮天犬、そして中華神話に残されている武神の容姿…。
私達の顔を冷や汗が流れる。
「…失礼だと思うが、魔術師ゼン殿は…その、中華神話の二郎真君様なのか?」
切嗣の問い掛けに彼が微笑む。
「あぁ、そうだよ。中華の外では字のゼンを名乗っている内に、『放浪の神ゼン』や『魔術師ゼン』なんて呼ばれる様になったんだけどね。」
その言葉を聞いた私と切嗣は、ただ乾いた笑いを溢すしか出来なかったのだった。
◆
side:アルトリア・ペンドラゴン
「些か気の毒ですね。」
アイリスフィールと切嗣の姿を見てディルムッド殿が苦笑いをしています。
「ですが二郎と付き合っていけば、この程度の驚きは日常茶飯事です。慣れるしかないでしょう。」
「アーサー王の言われる通りですね。」
神秘の薄れた現代に生きる人々の常識と、人類史の最古から生きる二郎の常識が違うのは当然です。
現代の常識に合わせる事も出来るでしょうが、その気は欠片も無いでしょう。
まぁ、だからこそ救われる者もいるので、悪い事ではないでしょう。
それに、その方が二郎らしくて私は好きです。
そう考えていると、ディルムッド殿とランスロットが足下に目を向けていました。
…なるほど。
新たな来客の様ですね。
「ディルムッド、新しい客が来たみたいだから出迎えの準備をしてくれるかい?」
やはり二郎も気付きましたか。
アイリスフィールと切嗣の二人と会話をしていたのに気付くのは流石ですね。
「はっ!お任せください!」
「私もディルムッド殿を御手伝いしましょう。」
ディルムッド殿とランスロットが出迎えの準備を始めると、アイリスフィールと切嗣も漸く気を取り戻したのでした。
本日は3話投稿します。
次の投稿は9:00の予定です。