side:ウェイバー・ベルベット
魔術師ゼン…いや、放浪の神ゼンなのか?
どっちなのかわからないけど、とりあえず目的の相手の部屋の前についた。
だから覚悟を決めようとしていたんだけど…。
「たのもぉぉぉおおおおお!」
ライダーがとんでもない大声を上げた。
「余の名はイスカンダル!ゼン殿を尋ねて参った!」
堂々とし過ぎだろぉ!?
ホテルの他の客の迷惑にならない様にと無言でライダーを叩いていく。
すると扉が開いて、中から現代の俳優やモデルも裸足で逃げ出しそうな美青年が現れた。
「中で主が御待ちだ。無礼のないように。」
「…ほう?」
ん?
なんかライダーが中に入らずに青年を観察している。
「案内御苦労!それはそれとして、御主、余の配下にならぬか?」
「何を言ってくれちゃってるんですか!?このお馬鹿!」
敵(?)を配下にスカウトするとか何を考えているんだよ!
「私は既に主に忠誠を誓っている。騎士としてその誘いは嬉しいが、断らせてもらう。」
「そうか、それは残念だ。」
豪快に笑いながらライダーは部屋に入っていく。
僕も続いて中に入っていくと、先程の青年に勝るとも劣らない美青年の姿が目に入った。
「ほう…御主も中々…余の配下にならぬか?」
だからなんで敵(?)を配下にスカウトするんだよ!?
「今は仮の忠誠を誓っている身だが、私が真に忠誠を誓うのは生前も死後も我が王のみ。その誘いには応えられぬ。」
「うむぅ…残念だ。」
何なんだよもう!
さっき無礼のないようにって言われただろうが!
二人の青年に見えない様にライダーを叩く。
…もういっそ令呪を使った方がいいかな?
ため息を堪えながら部屋の奥に進んでいくと青髪が特徴的で、先程の二人に劣らない程の美青年がいた。
またライダーが配下にスカウトするかと思ったんだが…。
「あれ?ライダー?」
驚いた事にライダーは青髪の青年に対して床に膝をつきながら頭を下げていた。
そんなライダーの手が伸びて来て、僕も無理矢理頭を下げさせられる。
その理由に察しはついたけど、一応念話で確認する。
『おい、ライダー、あの人がそうなのか?』
『マスターよ、わからぬのか?人とは違う高貴な気配が。』
ライダーが生きていた時代なら当然なのかもしれないが、今の時代で神秘を察する事が出来るのは教会の一部の熱心な信徒か、一流の魔術師ぐらいだ。
好奇心で顔を上げたい衝動を堪えていると、僕達に声が掛かった。
「よく来たね、マケドニアの王とそのマスター。」
ライダーの正体がバレてる!?
いや、扉の前で名乗っていたから当然なのか?
それとも…ロードエルメロイが予め教えていた?
「我が身を知りおきいただき、光栄でございます、放浪の神ゼン様。」
「かつての時代、君の栄光は遠い異国の地にも響き渡っていたからね。一度見に行った事があるんだ。」
誰だこいつと言いたくなる程に、ライダーの言葉遣いが変わってる。
それはともかく…本当に神が僕の直ぐ側にいるんだ…。
「二人共、顔を上げていいよ。それじゃ話がしにくいだろう?」
「はっ!」
ライダーが顔を上げたのに合わせて僕も顔を上げる。
今と昔で魔術や錬金術はどう違うのかとか、色々と聞いてみたい。
こんな機会…もう無いかもしれないから…。
口を開こうとするとライダーから念話が飛んでくる。
『よい胆力だが、余でも庇いきれぬ事はある。覚悟は決めておるのか?』
言葉が出なくなる。
覚悟…そう簡単に決められるわけないじゃないか…。
僕が俯くと放浪の神ゼンが話し出す。
「それで、君達は何をしに来たんだい?」
「神父より聖杯は使えぬと伺いました。そして我が願いを叶えたくば、ゼン様を訪ねよと。」
「そうかい。マケドニアの王、君の願いは?」
「我が願いは『受肉』でございます。今一度の生を得て、世に覇を唱えたく。」
言葉遣いは違うけど、それでもライダーはしっかりと自分の言葉で神と話している。
その姿を…僕はカッコいいと思った。
「マケドニアの王、君の願いは叶えられるけど、幾つか問題があるね。」
「なんでございましょう?」
「今の世に生を受けるのならば、前世の君の成した事が『世界』に都合よく変えられてしまう可能性があるんだ。君はそれを良しとするかい?」
「否!」
一瞬の迷いもなく否定した。
何故?
「余が兵と共に駆け抜けて得た誇りは!例え『世界』であれども否定はさせん!」
ライダーの言葉に放浪の神ゼンが微笑む。
「なら分霊を残して『異世界』に転生してみるかい?」
「「異世界?」」
好奇心に負けて覚悟が出来てないのに口を開いてしまった。
慌てて口を手で塞ぐ。
「マケドニアの王のマスター、そう畏まらずともいいよ。俺は多少の無礼は気にしないから。」
いや、悪なら神でも滅ぼす存在を畏れるなという方が無理でしょ…。
畏れる僕を見てライダーがため息を吐く。
「見所はある若者なのですが、如何せんまだ未熟でしてなぁ…。」
「そうだね。でも、それもまたよし。だからこそ楽しみでもある。」
「その通りですな、ハッハッハッ!」
敬意は抱いても畏れる事なく、ライダーは放浪の神ゼンと話していったのだった。
◆
side:ウェイバー・ベルベット
放浪の神ゼンと会った後の帰り道、僕は肩を落としていた。
時間にして30分程だったけど、僕は放浪の神ゼンに何一つ問い掛ける事が出来なかった。
こんな機会…もう無いかもしれないのに…。
「案ずるな、マスター。」
ライダーの声に顔を上げる。
「ゼン様も御主の事を気に入っておった。御主に覚悟が出来れば必ずや御答えくださる。」
「…。」
ライダーは聖杯戦争が終わったら異世界への転生が決まっている。
『未知の大地を駆け抜け覇を唱える…本望なり!』
そう言ってライダーは楽しそうに笑っていた。
どうしてあんな風に笑えるんだろう?
どうすればあんな風に笑えるんだろう?
僕は…その答えを得られるだろうか?
「それにアインツベルンと名乗る者が聖杯戦争に参加する者を集めて宴を開くと言っておったではないか。ならば、その時が訪れるまでに覚悟を決めておけばよい。」
そう言ってライダーは前を歩いていく。
覚悟を決められるかわからない。
答えを得られるかわからない。
でも…あの背中についていこう。
今の僕に出来るのはそれだけだ。
せめて出来る事ぐらいやらなければ…こいつと合わせる顔がないから…。
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