side:衛宮 切嗣
二郎真君様とアーサー王の御二人と共に、哮天犬に乗ったアイリがドイツへと向かった。
アハト翁の説得の為だ。
帰りにはイリヤとセラやリズも連れてくると、アイリは笑顔で言っていた。
あのアイリがここまで能動的な女性になるとは思わなかったな…。
「切嗣殿、如何された?」
日本に残って僕の護衛をしてくれるディルムッドが声を掛けてくる。
「この恩はどう返したらいいのかと思ってね。」
「なるほど、ならば我々は同志という事ですか。」
「そういえばディルムッドも生前には二郎真君様の世話になっていたね。」
逸話では毒で死に掛けていたところを救われた上に、悩みの種であった黒子の呪いも解呪されている。
余程の恩知らずでなければ恩を感じる出来事だろう。
「恩か…そんな事も考えられない程、僕は思い詰めていたんだな…。」
今なら聖杯戦争前の自分が如何に危うかったかがわかる。
下手をしたら僕は全てを失っていたかもしれない。
そう考えると震えがくる。
「大丈夫だ、切嗣殿。卿は間に合った。」
「ランスロット…。」
柔かく微笑みながらランスロットが僕の肩に手を置く。
「守るべき者をしっかりと見据える事が出来たならば男は…父親は強くなれる。ならば卿は御夫人達や己が子を守れるだけ強くなれる。」
「…本当にそう思うかい?」
僕は傭兵として人を殺す事しかしてこなかった。
そんな僕が大切な人達を守れるのだろうか?
「私がその証拠だ。私はそうやって励んだ事で、アーサー王に『騎士の中の騎士』と評される様になったのだからな。」
彼の笑みが眩しかった。
僕もこんな笑みが出来る様になるだろうか?
頑張ってみよう。
世界を救う英雄になんかなれなくてもいい。
でも家族を守れる男にはなりたいから。
「あぁ、僕も頑張ってみる。それはそれとしてランスロット、舞弥を頼むよ。」
舞弥に危機が迫った時にランスロットが側にいれば、令呪を使って対処が出来る。
だからランスロットはマスターである僕よりも舞弥の側にいる方が効率がいい。
効率がいいんだが…不安だ。
「安心してくれていい。舞弥夫人は必ず守ろう。それに、美しい女性の近くにいられるのは役得だからな。」
「そういうところが不安なんだよ、ランスロット。」
◆
side:アイリスフィール・フォン・アインツベルン
御父様の説得は驚く程にスムースに進んだ。
私と切嗣の悩みは何だったのかと言いたくなるわね。
でも、これだけ簡単に事が進んだのは二郎真君様のおかげ。
私の力が及ぶ範囲で恩を返していかないとね。
恩と言えばリーゼリット…リズの事もあるわ。
リズは魔術礼装として造られたため、彼女の命はイリヤと繋げられていた。
つまりイリヤが死ねばリズも死んでしまうという処置を御父様にされていたの。
でもその繋がりも、二郎真君様が影響が出ない形で断ち切ってくれたわ。
「リズ、調子はどうかしら?」
「ん、なんか違和感。」
「リズ、奥様に対してその言葉遣いは何ですか。」
「セラが堅いだけ。」
セラとリズの二人も後日、二郎真君様が人と同じ時を生きられる様に処置をしてくれると言ってくださったわ。
二人にもメイドとしてだけでなく、人としても生きてもらいたい。
恋をしたり、趣味をみつけたりして、生を楽しんでもらいたい。
もちろんイリヤにもね。
「さぁ、二人共、イリヤの分も合わせて日本に行く準備をしてちょうだい。切嗣が首を長くして待ってるわ。」
◆
side:アハト翁
二百年の時を生きた私が改めて畏れを知るとは思わなかった。
あれが神…。
私の手の中には目眩がする程の神秘を内包した丸薬が二つある。
『不老の妙薬』と『不死の妙薬』だ。
これの解析が成れば、アインツベルン千年の大願が成就する目処が立つ。
畏れの感情は拭えないが、ここで前に進まねば錬金術師として失格であろう。
ならば…前に進むのみだ。
呼び鈴を鳴らしホムンクルスを呼ぶ。
おっと、これらの扱いも改善せねばな。
駒として扱うために自我を芽生えさせぬ様にしてきたが、これからは一人の人間として扱わねばならぬ。
大願成就を前にして放浪の神の怒りを買い、アインツベルンが滅ぼされては堪らぬからな。
「冬木の城に酒を送れ。それと、手が空いている者は順次休ませる様に。」
一瞬の間が空いたが、ホムンクルスは返事をしながら頭を下げ、そして動き出すのを見て満足して頷く。
「アインツベルン千年の大願は果たせる道筋が見えた。ゾォルケンよ、貴様はどうだ?」
蟲へと変じたあの男は最早止まれぬだろう。
かつての決意を覚えているかも怪しい。
「マキリは滅びるやもしれぬな…。」
そう口にするが、マキリへの興味は既に失っていた。
「アイリスフィールの言では、今代の遠坂の当主は放浪の神に気に入られている。ならば遠坂との繋がりを深めておきたいが、遠坂の次代は女のみ…アイリスフィールに男を産ませるか?」
そう思考を巡らせつつも、私の視線は手の中の丸薬に注がれていたのだった。
◆
side:シッダールタ
「友よ、その手紙はゼンさんからかな?」
「そうだね。」
涅槃に一通の手紙が届いた。
字を見るに送り主はゼン様だ。
イエスと共に手紙を見る。
手紙には日本の冬木という地に、人が持つあらゆる悪意を背負わされた者がいると書かれている。
ポタリと何かが滴り落ちる音がした。
目を向けるとそこには聖痕から血を流すイエスの姿があった。
「イエス。」
「すまない、友よ。」
彼に手拭いを渡して立ち上がる。
「ブッダ、行くのかい?」
「これも『縁』だからね。イエスは?」
「これも『主の導き』だよ。」
柔らかに微笑むイエスも立ち上がる。
「では行くとしようか。」
「あぁ、友よ。」
にこやかに微笑みながら、私達はゆっくりと歩き出した。
「ふむ、ならば我も…。」
「「去れ、マーラ(誘惑の悪魔)よ!」」
これで本日の投稿は終わりです。
何故か立川風味になってしまう不思議。
梅雨冷え(?)のせいか体調を崩し気味なので来週の投稿はお休みさせていただきます。
21日にまたお会いしましょう。