side:アイリスフィール・フォン・アインツベルン
セラにリズ、そしてイリヤを連れて日本に戻った私は、冬木にあるアインツベルンの城で行う予定の宴の準備を急いだ。
アインツベルンが恥をかかない様に入念に準備をしなければならないから大変だわ。
それにしても参加が確定している人達を考えるだけでも信じられないわね。
二郎真君様にギルガメッシュ王という人類史最古の英雄の御二人に、イスカンダル王やアーサー王といった高名な王の御二人。
そして現代でも名高い騎士のランスロットにディルムッドの二人…。
神話や伝説が好きな人なら泣いて羨む宴になるわね。
間桐は誘わないのが確定しているけど…残り一人の参加者はどうするのかしら?
召喚されたのは確認されているらしいのだけど、教会でもそのマスターの行方は掴んでいないのよね。
暇潰しと称して二郎真君様とイスカンダル王が探すみたいだけど…色んな意味で大丈夫かしら?
まぁ、考えても仕方ないわね。
もうなるようになるしかないわ。
さぁリズにセラ、買い出しに街に行くわよ。
あっ、車の運転は私がするわ。
イリヤはいい子だからお留守番しててね。
◆
side:遠坂 凛
「姉さん、お父さんとお母さんに怒られるから帰ろうよぉ。」
「桜、帰りたかったら一人で帰りなさい。私はコトネを探さないといけないんだから。」
3日ぐらい前から友達のコトネが家に帰って来ないって、コトネのお母様から聞いたわ。
だから私はこうして探しにきたの。
桜がついてくるとは思わなかったけどね。
「お父さんが今は危ないから大人しくしてなさいって言ってたよ。だからダメだよ、姉さん。」
「大丈夫よ、桜。初歩的な魔術なら使えるもの。変な奴が来たら追い返してやるわ。」
そう言ってこっそり持ち出してきた宝石をポケットから取り出す。
「あっ、綺麗な石。」
「ふふんっ!お父様が魔力を込めたこの宝石があれば、大人の人だって撃退出来るわ。」
胸を張ってそう言うと桜が首を傾げる。
「宝石って高いんだよね?使ったら怒られるんじゃないかな?」
「うっ…!?それは考えてなかったわ…。」
私とした事がうっかりしてたわ…。
「あっ、良さげな子をはっけ~ん。」
声がした方に振り向くと全身に鳥肌が立った。
そこにはニヤニヤと笑っている大人の男の人と、ギョロっとした目の大きな男の人がいた。
「旦那ぁ、頼みますよ。」
ギョロっとした男の人がどこからか取り出した本を片手に何かを呟き出す。
…魔術!?
気が付いた時には遅かった。
桜は眠る様に倒れてしまい、私も凄い眠気に襲われる。
「桜…。」
あまりの眠気に力が抜けて地面に倒れた私は、地面を這って桜に覆い被さる。
そこで力尽きてしまった私はゆっくりと目を閉じた。
ごめんね…桜。
◆
男は手慣れた様子で少女二人をバッグに詰め込む。
異常な光景だが周囲の人々は気付かない。
認識阻害の魔術が施されているからだ。
「大漁、大漁。それで、青髭の旦那はどうします?」
「龍之介、私は黒魔術の生け贄を探してきます。」
「りょうか~い。それじゃ、俺は先に戻ってますね。」
男の一人が二人の少女を詰め込んだバッグを担ぎ上げて立ち去る。
すると残った男は虚空へと姿を消したのだった。
◆
side:遠坂 凛
変な臭いがして目が覚める。
「ここは…?」
薄暗い部屋の中に充満する変な臭いが、私に吐き気を与えてくる。
なんの臭いかしら?
臭いの元らしき物が薄くぼんやり見えている。
椅子…かしら?
少しずつ目が薄暗さに慣れてきた。
そしてそこにある物が目に入る。
「…コトネ!?」
椅子だと思ったものは私が探していた友達だった。
なんで!?
なんでこんな事になってるの!?
コトネの呻き声が聞こえた。
よかった!まだ生きてる!
駆け寄ろうとしたけど動けない。
手足が縄で縛られていた。
「このっ!」
はずれない。
そうだ…桜!
辺りを見回すと、私と同じ様に手足を縛られた桜を見つけた。
よかった…最悪の事態は免れていたようだ。
安堵のため息を吐くと鼻歌が聞こえてくる。
その方向に目を向けると、そこには気を失う前に見た男がいた。
「ちょっとあんた!なにを鼻唄を歌っているのよ!」
よく辺りを見渡せば、コトネ以外にも椅子や机にされている人達がいた。
呻き声一つ聞こえてこない事にゾワリと鳥肌が立つ。
こんな事を鼻歌を歌いながらやるなんて…。
首を振って桜とコトネに目を向ける。
二人を助けなきゃ!守らなきゃ!
縄をはずそうともがくけど、一向にはずれる気がしない。
…そうだ、魔術!
身体に魔力を巡らせて身体強化をする。
そして縄をはずそうとすると、さっきよりは手応えがあった。
縄が手首に食い込んでかなり痛いけど、桜とコトネを助ける為に我慢をして縄をはずそうとしていく。
すると…。
「あれぇ、魔力?君って魔術師なの?」
魔術を知ってる?
…っ!それなら!
「そうよ。私は冬木を管理する遠坂の次期当主なの。だから私と桜に手を出せば、貴方もただじゃすまないわ。」
お父様は遠坂家は二百年続く魔術師の名家だって言ってた。
だからこいつも魔術師なら、遠坂の名を聞けば…!
「へぇ、魔術師で芸術をするのは初めてだ。魔術師は死ににくいみたいだから、これは楽しめそうだなぁ。」
そう言って男は赤黒く汚れた刃物を手にした。
…嘘でしょ!?
なんとか縄をはずそうとする間も、あいつはニヤニヤ笑いながら近付いてくる。
歯を食いしばって痛みをこらえながら、縄をはずしていく。
後少しではずせそうなのに…!
ダメ…間に合わない!
そう思ったその時、男の歩みが止まった。
そして床に膝をつくと血を吐き出した。
「はぁ?」
男は自身に何が起こったのかわからなくて混乱しているみたい。
「その『呪い』を見るに君も『宴』の参加者みたいだけど、外道を招く席は無いからね。ここで退場してもらうよ。」
いつの間にか青い髪の男の人がいた。
私や桜達を拐った男は床に吐いた自分の血を見て微笑んだ。
「…なんだ、こんなところにあったのか。」
そう言って男は微笑みながら倒れた。
…何だったの?
意味がわからなくて混乱していると…。
「さて、縄をはずしてあげるから大人しくしていてくれるかい、勇気があるお嬢さん。」
そう言いながら青い髪の男は、私に優しく微笑んだのだった。
本日は3話投稿します。
次の投稿は9:00の予定です。