神の子の奇跡によりジャンヌとの再会を果たしたジル・ド・レェは、かつての誇りを取り戻して穏やかな笑みを浮かべながら『座』へと還った。
それを機に宴も終わりを迎えようとしていた。
「ギルガメッシュ、蟲の翁はいつ動くかな?」
「明日の夜であろう。」
「そうかい。」
二郎が言峰 綺礼に目を向けると彼は頷く。
「二郎よ、あの男はどうする?」
「一見したけど、あそこまで憎しみに囚われていたら、俺にはどうしようもないね。」
そう言いながら二郎はシッダールタへと目を向ける。
するとシッダールタは柔らかな笑みを浮かべた。
「では、私が彼と話をしましょう。」
「護衛代わりに哮天犬を連れていくといいよ。君が無防備に動くと色々と騒ぎになるだろうからね。」
「…お手数をお掛けします。」
そう言いながらシッダールタは見事な五体投地をした。
実は流行り病で人心が荒れた時代にシッダールタは人々の救済の為に現世に降臨したのだが、その時に護衛を付けずに一人で降臨してしまった。
そこでシッダールタを守ろうと孫悟空や不動明王が動いたのだが、誰がシッダールタの側で護衛するかで戦争になりかけた事があるのだ。
「さて、夜も更けたし子供達はそろそろ寝る時間だよ。明日の夜には大聖杯の解体に取り掛かるから、興味があれば見に来るといい。」
◆
翌日の夜、冬木の街の影に一人の翁が潜んでいる。
間桐 臓硯だ。
間桐 臓硯の顔は獲物を狩る愉悦に歪んでいる。
だが、不意にその愉悦の顔は成りを潜める。
彼が認識阻害の結界を知覚したからだ。
「ふむ、どういう事か説明願えるかな?」
臓硯が暗闇の路地に問い掛けると一人の青年が姿を現す。
言峰 綺礼だ。
「遠坂とアインツベルンは聖杯戦争の中止に合意した。」
「なるほど…だが、それだけではあるまい?」
「間桐 臓硯、二家はお前の排除を決定した。」
「カカカ、それをお前が成すと?笑わせるな。」
顎に手を当てた間桐 臓硯は綺礼の身体を隅々まで観察する。
「ふむ、悪くない。では、次の身体は貴様のそれにするとしようか。」
臓硯の顔が愉悦に歪むと、綺礼は黒鍵という名の武器を両手に構える。
そして、いざ戦いが始まろうとしたその時…。
「あぁ、一つ伝え忘れていた。」
不意に綺礼が言葉を放った事で臓硯は動きを止める。
「なんだ?遺言ならば聞いてやるぞ?」
「聖杯戦争の中止に伴い、大聖杯の解体も決定した。」
この綺礼の言葉に臓硯の感情が揺れる。
その臓硯の感情の揺れに、綺礼は口角を吊り上げる。
「解体の日時は今夜だ。」
身体を震わせる臓硯を見て綺礼は更に言の葉を紡ぐ。
「あぁ…そういえばある御方が言っていたな。『大聖杯になった者の魂も適当に処分する』と…。」
この言葉に臓硯の感情が爆発した。
その様子を綺礼は愉悦の表情で眺めるのだった。
◆
綺礼が間桐 臓硯と戦い始めた頃、先日の宴に参加した者達は大聖杯の前に辿り着いていた。
「あの様な物が冬木の地に在り続けていたとは…私は冬木の管理者失格だな。」
大聖杯の有り様を見た時臣が嘆きの声を上げる。
やがて大聖杯から呪いの泥が溢れ、この場にいる者達に向かって流れ始める。
だがそれは二郎が張った水鏡の守護結界により防がれる。
「さて、頼んだよ、神の子。」
「はい、行ってきますね。」
極自然な笑顔で返事をしたイエスの表情は、次の瞬間には一変していた。
慈愛に溢れる暖かな雰囲気を纏ったイエスが、欠片の躊躇もなく泥の中を歩んでいく。
やがてイエスは泥の中心に辿り着くと、人の形をしているナニカを優しく抱き締める。
「君が背負わされた罪は私が背負おう…君は許された。」
イエスの背から後光が広がり、黒き呪いの泥が浄化されていく。
その光景を見た一同は感嘆の息を吐いた。
「あれが本物の救世主の姿なんだね…。」
「切嗣、間違ってもあれを目指しちゃダメよ。人の身であれを成そうとしたら、間違いなく心が壊れるわ。」
人の悪しき心を当然の様に受け止め、そして背負うイエスの姿に、アイリスフィールは敬意と同時に畏れも抱いた。
「わかっているよ、アイリ。僕は家族を守れればそれでいい。それ以上は望まない。」
黒き泥が浄化されると、白き人の形が残った。
すると…。
「汝に祝福あれ!」
イエスの祝福に応じて天から光が降り注ぐ。
そして天使達に伴われ、白き人の形をした者は天へと召されていった。
その光景に皆が感動している中で二郎が声を上げる。
「神の子、彼の信仰を確認せずに、君の所に召し上げてしまってよかったのかい?」
「…あっ。」
うっかり召し上げてしまったイエスは、慌てて天界へと向かったのだった。
◆
「…がっ!…あぁっ!」
最早憎悪の声も上げられなくなり、刻印蟲に喰われる痛みで、間桐 雁夜は絶望の只中にいた。
そんな雁夜の耳に、不意に声が聞こえる。
「蟲達よ、その人と話がしたい。しばしの間、静かにしていておくれ。」
不思議な事にその声と同時に刻印蟲が活動を止めた。
それにより痛みから解放された雁夜は、残された力を振り絞って声の主に目を向ける。
「憎しみに囚われし人よ、少し私と話をしよう。」
不思議と雁夜はその者と話をしようと思った。
雁夜は己の心の内を枯れ果てた声で語っていく。
そして男と語り合っていく内に、憎悪に染まった雁夜の心は解きほぐされていったのだった。
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